尾張国一宮 大神神社・愛知県一宮市花池




尾張国一宮 大神神社・愛知県一宮市花池

愛知県一宮市花池に鎮座する「尾張国一宮」「式内社(名神大社)」の

大神神社(おおみわじんじゃ)」です。

創建は不詳、江戸期までは三明神・三宮明神と呼ばれていたといいます。

延喜式神名帳に記載のある尾張国中島郡「大神神社 名神大」に比定される神社で、

社名は、写本によっては「大神々社」「太神社」とも表記されています。

御祭神は、「大物主神(おおものぬしのかみ)」

尾張を開拓した大和系(三輪氏)が大神神社を祀ったことに始まったとする説や、

大美和都禰命を奉斎する尾張氏関係氏族が祭祀を担ったと見る説、等があります。

鳥居

住宅地の一角に鎮座、駐車場は本殿横にあります。

旧社地は北西隣地の古宮公園の位置にありましたが、浅井田宮丸の乱以降荒廃。

神宮寺内へ移転後、明治3年現在地に再建されました。

手水舎

文化財は、一宮市指定有形文化財として、

阿形・吽形の2体からなる檜材寄木造の「木造狛犬 1対(彫刻)」

(江戸時代後期、文化12年(1815年)の作)があります。

その他、神宝として刀剣3振があり、何れも一宮市博物館に保管されています。

造狛犬

一宮市指定文化財
彫刻 木造狛犬 一対
大神神社蔵
昭和57年3月1日指定
阿形はやや口を開け、首をふる。吽形は固く口を引き締め、頭上に一角を持つ、共にたて髪、巻き毛を分厚く肉彫りし、耳は垂れているが、目は大きく見開き、胸を張り、前脚を踏張っているのは力強さと量感に満ちている。洗練された技術とは言い難いが、むしろ稚拙な彫り方が、素朴で手造り的味わいがあり、見る者に好感を与える。
彩色は当初より施されていなかったようで、木目の跡が美しい。台座と本体は一本であるが、尾の部分と胴の部分を継ぎあわせている。かなりの重量で、内刻りはなく、檜の寄せ木造りである。
阿形台座側面に「尾張中島郡 宮地花池村惣氏子中」、吽形台座側面に「文化十二乙亥年如月堂毛受良三彫之」とあり、文化12年毛受良三によって制作され、宮地花池村の氏子によって奉納されたことがわかる。
阿形高さ40cm、吽形高さ45cm

社務所

大神神社

所在地  〒491-0914  花池2丁目15-28

H.P   https://oomiwa.wixsite.com/hanaike-oomiwa

御朱印の記帳時間

毎日 10:00〜12:00、13:30〜15:00
天候などにより中止する場合があります。

御朱印の記帳は、郵送でも受け付けております。
詳細は、ホームページからご確認ください。

大神神社 拝殿

大神神社

ここ尾張地方は、木曽三川の河口部に開けた、広大な沖積平野。
川が入り乱れて、網の目のような低湿地。葦の生え茂った、大きな梁から転じて大梁・尾治・尾張となったとも言われている。人が住み着き集落ができて、弥生時代から古墳時代にかけて、邪馬台国から大和の国の頃、次第に東に「開拓」が進み、ここ「花池」にも大和系(三輪族)の人々が大物主神を祀る「大神神社」を建て、祖先を祀り日々の安泰を祈り、団結のシンボルとして神社を中心にして部族を発展させた。
一方、天武系の人々は、真墨田神社(後の真清田神社)を相殿という形で建てて「天火明命」を祀った。
また、奈良時代に国司が赴任してきて、国中の神社を代表として国府宮の「尾張大国霊神社」を尾張の「総社」に指定、次いで花池の「大神神社」と「真清田神社」をまとめての「相殿・対の宮」と言うことで「尾張一の宮」に指定した。
嘉祥3年(850)「文徳実録」「尾張国帳」には、従一位大名神とあり、三宮明神・三明神(神宝として珠・鏡・矢と三種の御証印があった)と称せられ、延長5年(927)延喜式神名帳には式内社とあり、勅祭神社であったことが判る。
尾張の国中には、大名神8座・小113座あって、当時の大名神八座の中の一座である。
昔の花池村は「三輪氏」一族の地方だった故か・三輪郡・大神郷・熱田の庄蓮池と言われ、各所に白蓮が咲いていたとかで「蓮池」そして「華池」「花池」となり今日に及ぶと、伝えられている。

大神神社略歴

鎮座地 愛知県一宮市花池二丁目十五番ノ二
社 格 延喜式内社 旧郷社
祭 神 大物主神  ( おおものぬしのかみ ) (別名 大国主神 (おおくにぬしのかみ))
由 来 大和の大神神社と同じく、大和系(三輪族)の人々が三輪の神を祀った事に始まるといわれています。鎮座地の花池は水が美しく蓮田が多く各所に白蓮が咲き熱田の庄蓮池といわれ、毎年熱田神宮に奉納する蓮が咲く沼でありました。
奈良時代に国司が赴任して国中の神社を代表として国府宮の”尾張大国霊神社”を尾張の総社に指定、次いで花池の”大神神社”と”真清田神社”をまとめての「相殿(あいどの)・対の宮」と言うことで「尾張の一の宮」に指定しました。「文徳実録」「尾張国帳」には従一位大明神とあり三宮明神、三明神( 神宝として珠・鏡・矢と三種の御証印がありました )と称せられて延長5年延喜式神明帳には式内社とあり、勅祭神社でありましたことが判ります。
尾張の国中には、大名神8座・小123座ありまして、当時の大名神八座の内の一座であります。
例祭日 10月10日
御神穂 国内平定・五穀豊穣・安産・縁結び・病気平癒等の守護神
宝 物 木造狛犬 ( 江戸後期(文化12年)作、阿(あ)形(40cm) ・ 吽(うん)形(45cm) 檜材寄木造 ) ( 一宮市文化財指定 ) 神宝刀剱三振
( 両方とも一宮市博物館に保管、現在非公開 )    公式H.Pより

大神神社

祭神 大物主神
崇神天皇の時代、疫病が流行したときに天皇が祀った神々の一柱。大和国の一の宮大神神社の祭神で、三輪の神と呼ばれ、大国主神(大黒様)の別名がある。
大和の大神神社とおなじく、大和系の人々が三輪の神を祀ったことにはじまるといわれる。
鎮座地の花池は水が美しく蓮田が多く、毎年熱田神宮に奉納する蓮が咲く沼であった。
奈良時代に国司が赴任して、国中の神社を代表として国府宮の尾張大国霊神社を尾張の総社に指定、次いで花池の大神神社と真清田神社をまとめての『相殿・対の宮』と言うことで『尾張の一之宮』に指定した。
文徳実録・尾張国帳には従一位大明神とあり、三宮明神・三明神へ神宝として珠・鏡・矢と三種の御証印があったと称せられ、延長5年延喜式神名帳には式内社とあり、勅祭神社であったことが判る。
尾治の国中には、大明神8座、小123座あって、当時の大明神8座の内の一座である

大神神社 拝殿

御朱印は現在、社務所が開いている時間は書置きの物のみとなります。

御朱印帳への直接記帳をご希望の方は、

説明書き(上画像)通りに後日郵送すれば対応して頂けるようです。

祓所

摂末社

摂末社は「六所社・三島社・白山社・神明社・招魂社・素盞社」の六社

御朱印

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