事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)
静岡県掛川市八坂にある事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)へ
事任八幡宮は、小國神社(おくにじんじゃ)と並び遠江國一宮です
ちなみに遠江國の二宮は鹿苑神社(ろくおんじんじゃ)です。
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一の鳥居
以前は人も少ない神社でしたが
沢山の参拝客で賑わっています。
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二の鳥居
なぜ人気が出たのかというと、この神社の名の通り、
ことのまま願いがかなう神社として。
拝殿にお参りして帰る方がほとんどですが
実はことのままに願いが叶う社は別にあります。
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手水舎
八幡宮といえば、息長帯姫命 (神功皇后)・誉田別命 (応神天皇)・玉依比売命
の八幡大神(八幡の神)を祀るのが通例ですが、こちらでは配神とし、
御祭神は己等乃麻知比売命(ことのまちひめのみこと)という神様、
馴染みがないので、H.Pで拝見したところ
『忌部の神である玉主命(たまぬしのみこと)の娘神様で、
中臣の祖である興台産命(こことむすびのみこと)の后神様です。
また、枚岡神社や、春日大社にお祭りされている天児屋根命(あめのこやねのみこと)
の母神様です。』とのこと。
要は言葉を使って真実を取り結ぶ神様、言霊の神社の由来です。
なお、己等乃麻知比売命を祭る神社は全国でもここだけ。
確かに言霊のご利益が得られそうです。
手水舎の横には女坂。
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事任八幡宮
創立年代未詳 大同2年(807)坂上田村麻呂東征の際 桓武帝の勅を奉じ
旧社地本宮山より現社地へ遷座すという。
延喜式(927)神名帳に佐野郡己等乃麻知神社とあるはこの社なり
古代より街道筋に鎮座 遠江に坐す願いごとのままに叶うありがたき言霊の社として
朝庭を初め全国より崇敬されしことは平安朝の「枕草子」に記載あるを見ても明らかなり。
世が貴族社会より武家社会に移るや八幡信仰が一世を風靡し
康平5年(1062)源頼義が石清水八幡宮を当社に勧請し以来八幡宮を併称す。
江戸期に入りては徳川幕府も当社を信仰し社殿を改築 朱印高百石余を献上す
明治以降 県社八幡神社と称せしが 第二次大戦以後の社格廃止に伴い
由緒ある名「事任」を復活し現在は 事任八幡宮と称す。
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社務所
鎌倉期に八幡宮を勧請し八幡神社になったそう。
この神社自体が小さな山で山頂は禁足地(立ち入り禁止の神性な区域)
となっており、また向かいの旧国道1号線をまたいだところにある
本宮山には本宮(奥宮)がある。
この本宮山が元の社地で山頂には大きな磐座があることから、
この辺は社殿を持たず、古代から信仰の地とされてきたと想像できます。
ちなみに本宮山の後ろにある粟ヶ岳(532m)
山頂にある阿波々神社にも磐座を祀る
古代の祭祀跡があります、
また、神社のH.P(伝 掛川誌稿では)成務天皇の御代(131~190年頃)
に創建されていたという記録があるそうです。
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境内案内図
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拝殿
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本殿
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本殿にすぐ右隣にはご神木の大杉があります。
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願掛けロウソクの炎が灯ります。
隣には宝仏殿、巨大な笛や祭事具が展示されています。
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事任八幡宮のクスノキ
掛川市指定文化財クスノキ(クスノキ科)は、本州の関東地方以西から九州、沖縄、
そして、台湾、中国南部、インドシナと広くに分布する常緑高木です。
成長がさかんで、長命で、高さ30m程の大木になるので、
古くから神社や寺院に植えられ、巨樹、名木になっている。
春に新芽が伸び出すと、間もなく古い葉は落ち、若葉は淡紅色、
橙黄色などから淡緑色の美しい色に変わる。花と果実がつくが、あまり目立たない。
クスノキは、木全体に芳香があって、耐久性が高いことから、
内装材、社寺建築、建具、家具、楽器などの用材に使われ、
古代には丸木舟にも使われていた。
また、クスノキの葉や幹、根などを蒸溜して、固形に仕上げた樟脳(しょうのう)は、
防虫剤として使われている。
事任八幡宮(ことのままはちまんぐう)のクスノキは、
高さ31m、目通り6m、根回り19.3mの大きさで、県内でも大木に含められる。
樹勢は良好で、枝は北側をのぞいた三方に大きく広がり、
見上げる人を温かく包み込むような、雄大で、とても優しい姿を見ることができる。
掛川市教育委員会。
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大杉もすごいですが、事任八幡宮のクスノキが凄い。
案内板裏から直接楠に触ることもできます。
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摂末社 五社神社
本殿左隣には五社神社、
八意思兼神 天照大神 大國主神 火迦具土神 東照大權現の五神を祀ります。
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稲荷神社 一の鳥居
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摂末社 稲荷神社
稲荷神社には宇迦御魂神が祀られます。
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金比羅神社 一の鳥居
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摂末社 金比羅神社
金比羅神社は大物主神を祀る神社の総称で、
大物主(オオモノヌシ)は奈良県の三輪山 大神神社に祀られている。
神社の種類や神様について関心をもたれた方はぜひ読んでください。
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くじら山 みたま石
事任八幡宮のすぐ横には、大きなくじら山がありました。
くじら山がなくなるとき、それまで長い間お宮を見守って来た
くじらの御霊を丸い石にお遷しし、当神社の摂社金刀比羅神社の横にお祀りしております。
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さらに山の奥へ進むと縄鳥居が配された「本宮礼拝所」
石を包み込む形で根ざした木の麓に、むすびの神が祀られています。
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縄鳥居より先が禁足地
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本宮山
神社には大体奥の院があり、
その神社の祭神の荒魂を祀る場合がほとんどです。
実はこちらが「ことだまの社」と呼ばれています。
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社務所には本宮での作法? が書かれています。
本宮にお参りに行かれる方は「ふくのかみ」を一枚お持ちになり、
お社周りの白い石を三つふいてみませんか。「ふくのかみ」は「ふく」と「福」、「紙」と「神」
をかけて名付けたました。本宮のお社の周りにある、白い石を三つ選びます。
一つめの石は 神様 のために
二つめの石は みんな のために
三つめの石は 自分 のために心をこめてきれいに磨き、福を授かってください。
ふく物はハンカチなどなんでも良いそうですが、
社務所で「ふくのかみ」を頂けました。
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神社旧国道側鳥居を出て歩道橋を渡ります。
少し進んだ所に本宮入り口。
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本宮 一の鳥居
本宮までは271段の階段を登ります。
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ことだまの社
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本宮 二の鳥居
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本宮
本宮社周りの白い石を三つ拾い順番に磨きます。
本宮脇にはさらに本宮山頂上へと向かう登山道
15分ほどで着き頂上には磐座があるそうだが、
今回は時間の都合でパス。(次回必ず)

本宮山(205m) 山頂
*追記 後日本宮山(205m)へ
山頂には磐座と三等三角点があります。
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事任八幡宮の背後に流れる逆川には境内を流れる水流をお守り下さる
龍神様をお祀りする「龍神社」があります。

龍神社
追記 後日、「龍神社」へ参拝しました。
境内横の宮司さん宅脇から「ことどひの里」へ
逆川沿いに遊歩道が整備されています。

龍神社 〜まもり神の社〜
ここは、事任八幡宮の境内を流れる水流をお守りくださる”龍神様”をお祀りするお社。ことのままの神様は、天と地と人とを結ぶ大切なお役目をなさる神様。そのお働きがなされる時には、天と地とを行き来する”龍神様”がお力をあらわす、と言われております。ことのままの社と共に天地人の和合を誘う神様に感謝の誠を捧げましょう。

禊場

逆川とくじら山の伝説
昔々、事任八幡宮の神様はたいそう碁がお好き、と辺りに評判じゃった。
ある日、大神様が海の神様をお呼びしてご一緒に碁を打たれておった時のこと。
事任八幡宮の姫神様が 碁のご様子をご覧になる為に
少し戸をあけてお顔をお見せになられたそうな。
海の神様は、姫神様の麗しいお姿を拝見し、大層お気に召され
ぜひこの姫神様と結婚したい、という思いを強く抱かれたご様子。
早速家に帰ってから求婚の為に雄鯨と雌鯨を使いにお出しなった。
二頭の大鯨が海から川をさかのぼって上がってきた時、川の水が逆に流れたので、
その川は「逆川」と言われるようになり、塩が運ばれてきた地域は今「塩井川原」と呼ばれておる。
神様が結婚の申し出をお断りになったので、鯨達は使者の役目を果たさずには
海に帰ることができないと思い、姫神様をさらおうと決意した。
鯨が姫神様を飲み込もうとした時、神様は鯨達に碁石をえい、と投げつけると
鯨達はそのまま山になってしまったそうな。
その後、くじら山からは碁石そっくりな石がいくつもいくつも出てきたもんじゃ。

事任八幡宮の本殿横、宮司宅裏に祠
ここから先も禁足地です。

本殿

梅薩苑
歴代の宮司さんの墓所「梅薩苑」

御朱印


