木曽駒ヶ嶽神社(木曽駒ヶ岳山頂)・長野県木曽郡上松町 木曽町 上伊那郡宮田村




木曽駒ヶ嶽神社(木曽駒ヶ岳山頂)・長野県木曽郡上松町 木曽町 上伊那郡宮田村

木曽駒ヶ岳 / Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/木曽駒ヶ岳

中央アルプス(木曽山脈)の最高峰木曽駒ヶ岳

山頂には、古来からの神社が木曽側と伊那側に2社鎮座します。

木曽側と伊那側叉それぞれ里宮があります。

千畳敷にある信州駒ケ岳神社には、

大山祇大神(オオヤマツミノオオカミ)・天照大神を

ロープウェイ開通時に設置され、ロープウェイの安全を祈願するために祭られた。

大山祇大神は、天照大神の兄神であり、「山」の守護神として崇められております。


千畳敷カール


信州駒ケ岳神社


木曽駒ヶ岳山頂

木曽駒ヶ嶽神社

中央アルプス木曽山脈の最高峰、
駒ヶ岳の山頂に鎮座する2つの社殿のうちのひとつ。
2つの社殿は木曽側にあるものは木曽駒ヶ嶽神社、
伊那側にあるものは伊那駒ヶ嶽神社と呼ばれている。
麓に位置する木曽郡上松町の徳原春安によって
1532年に建立されたと伝えられている。
社殿は木造で、鰹木と千木を付けた平入の切妻造。
扉の前に狛犬を置いて、周囲に石柱を立てている。
周囲にも石柱を立て、丸太の神明鳥居を建てている。
山頂にふたつの社殿があるため、
伊那駒ヶ岳神社と合わせて登頂記念に参拝する人も多い。

木曽駒ヶ嶽神社

木曽駒ケ岳(きそ・こまがたけ)は、長野県の木曽と伊那の間にある霊山。
木曽御嶽信仰の影響を受けている。
標高は2956m、木曽山脈(中央アルプス)の一山。

由緒
徳原春安が1534年(天文3年)に山頂に保安大神と豊受大神を祀り、
麓の徳原に里宮を建てたとされる(上松里宮立札)。
1804年(文化1年)に下諏訪の寂本が開山した。
寂本は、宝剣岳に登り、山頂に鉄の錫杖を奉納したという。
開山当初から木曽御嶽信仰の影響を受けていたのかどうかは未解明とされている。
また尾張犬山の心明が登拝して乾山講を開いた。
また普明も木曽駒ケ岳を中興開山したと言われている。
明治になり、上松里宮社家の徳原一学が布教に務め、農業商工業者の支持を得た。

山上には駒ケ岳に木曽奥宮と伊那奥宮がある。また中岳には御嶽神社がある。
登山道は木曽側に二つと伊那側に二つ、計三つある。
木曽側には上松口、伊那側には、桂木場口と宮田口がある。
木曽側の上松口は、上松宿に入口があり、駒ケ岳大神宮碑や心明霊神碑などがある。
上松里宮の駒ケ岳神社が徳原にある。
上松里宮には上松里宮霊神場や寂本神社がある。
登山口には犬山乾山講社の霊神場がある。
登山道には敬神の滝がある。
山頂直前には心明霊神像があり、山頂には木曽奥宮がある。

桂木場口は伊那市荒井の内の萱から登り、将棊頭山を経由して、
北側から駒ケ岳山頂に至る登山道である。
桂木場口には登山口に桂木場里宮の駒ケ岳神宮がある。
駒ケ岳神宮は1885年(明治18年)の創建だという。
宮田口は宮田村河原町から駒ヶ根市境界を出入りしながら大田切川沿いを遡って
千畳敷スキー場を通って、宝剣岳、中岳を経由して、
南側から駒ケ岳山頂に至る登山道である。
宮田口には登山口に宮田里宮の「駒ケ岳里宮神社」がある。
駒ケ岳里宮神社は1887年(明治20年)、「神風講社駒ケ岳会」教会所に
中岳(ママ)の「駒ケ岳神社」の分霊を祀ったことが起源である。
1894年(明治27年)に現在地に社殿が竣工。
ロープウェイの千畳敷駅には駒ケ岳神社が祀られている。
宝剣岳は寂本が錫杖を埋納したとされるところである。
中岳には御嶽神社が祀られている(既述)。
伊那奥宮は宮田に属するらしい。
かつては無格社駒嶽神社で祭神は「天照大御神」とされていた。
1810年(文化7年)高遠藩主が坂本天山に命じて再興したという。

木曽側の駒ケ岳神社は(宇賀御魂命)が祀られている。


伊那 駒ケ岳神社

伊那側の駒ケ岳神社

八千矛神(大国主命)・手間大神

倉稲魂神(保食神)・月夜見命が祭られている

神社が二社あるのは昔の水権利の名残だそうです。

山頂は長野県の上松町・木曽町・宮田村の3つの村の境界にあり

山頂がどこに属するかは昔は大変重要で、

谷を流れ下る水の権利に関わったそうです。


曽駒ヶ岳(2956m)山頂

養木曽駒ヶ岳は、木曽山脈(中央アルプス)の最高峰でなだらかな山容が特徴です。日本百名山のほか新日本百名山・花の百名山にも選定されています。


一等三角点


御朱印

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