吉備姫王墓(きびひめのみこのはか)




吉備姫王墓(きびひめのみこのはか)

吉備姫王 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/吉備姫王

奈良県の明日香村にある吉備姫王墓(きびひめのみこのはか)です。

吉備姫王(きびひめのみこ)とは、

欽明天皇(第29代天皇)の皇子である桜井皇子の王女であり、

第35代皇極天皇と第36代孝徳天皇の生母に当たります。

吉備姫王墓(きびひめのみこのはか)

墓名を檜隈墓(ひのくまのはか)と称する。
孝徳天皇(こうとくてんのう)と皇極天皇(こうぎょくてんのう、斉明天皇とも)
の生母にあたり、「日本書紀」によれば吉備姫王
(吉備嶋皇祖母命 きびしまのすめみおやのみこと)は
皇極天皇2年9月に亡くなり檀弓岡に葬られたとある。
また、『延喜式(えんぎしき)』「諸陵寮(しょりょうりょう)」には
欽明天皇陵と同じ陵域内に墓があると記されていることから、
現在地に指定されている。
墓域内には江戸時代に欽明天皇陵の南側に字(あざ)イケダの水田から
掘り出された石造物4体があり、猿石(さるいし)と称されている。

有名な猿石(さるいし)

吉備姫王墓(きびひめのみこのはか)内にあります。

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