世界遺産 吉野山 上の千本
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奈良県 吉野山観光協会H.P
http://www.yoshinoyama-sakura.jp
厳密に言うと吉野山という山はなく、
吉野川の南岸から、金峯神社の先、青根ヶ峰までの
約8kmの尾根沿いの総称を吉野山と呼びます。
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吉野山は桜の名所として有名ですが、
下・中・上・奥と四箇所の千本エリアに分けられています。
桜本坊のご住職の話では、ここ上の千本エリアには新たに
数多くの桜植えられたそうです。
咲くのはまだ先ですが、さらなる素晴らしい景色となることと思います。
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史跡名勝 吉野山
世界遺産「紀伊産地の霊場と参詣道」地理的概要
吉野山は、紀伊半島のほぼ中央部、大峰山脈の北端を形成する位置にある。
その北側には紀ノ川の上流である吉野川が東西に流れ、
その東西は、泉湯谷と左曽谷と呼ばれる深い渓谷によって挟まれている。
吉野川の南岸から、標高857.9mの青根ヶ峰まで、
直線距離にして約8km連なる馬の背状の尾根が吉野山の中心といえる。
吉野山は、奈良盆地に都が営まれていた古代から、大峯の山々を背景として、
吉野川の向こうに望まれる聖なる山として信仰を集め、
都人にも広く知れわたる霊山であった。
吉野山から山上ヶ岳(俗にいう大峯山)付近までを金峯山と総称する。
金峯山の山上にあたるために名付けられた山上ヶ岳には山上蔵王堂が、
山下にあたる吉野山には山下蔵王堂が建立されて、
それらを中心とする寺内町が形成されてきた。
現在でも、吉野山の高台には、高さ34mといわれる金峯山寺蔵王堂(山下蔵王堂)が聳え、
吉野山の何処からでもその威容を望むことができる。
周辺には神社仏閣をはじめ土産物屋、旅館などが建ち並ぶ景観は、
修験道の霊場としての趣を色濃く残している。
また、南北朝の動乱など数多くの歴史にまつわる遺跡なども数多く残されており、
吉野山は、宗教・政治・文学・自然など複合的要素を備えた名山といえる。
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歴史的概要
「吉野」という地名は、我が国の歴史の中に数多く現れる。
古事記の神武天皇東征伝説にはじまり、天武天皇や持統天皇など、
古代における多くの天皇が行幸され、また、万葉集にも数多く詠まれた土地である。
平安時代(794~1192)初頭からは日本独自の山岳宗教「修験道」の根本道場として
隆盛を極め、百数十の堂塔伽藍が軒を連ねていた。
宇多上皇・白河上皇、藤原道長・頼通などの皇族、貴族も参詣に訪れている。
その修験道の勢力を頼みとされて、後醍醐天皇が吉野に南朝を開かれ、
以後、後村上・長慶・後亀山の四帝五十有余年の間、
南北朝時代(1336~1392)における一方の拠点となった。
また、吉野は、世に知られる桜の名所である。
吉野の桜は単に花見のために植えられたものではない。
修験道の本尊金剛蔵王権現の姿を、開祖役行者が桜の木で刻んだという伝説から、
桜は聖木、神木とされ、本尊に捧げるために植え続けられ、大切に保護されてきた。
平安時代の古今和歌集にも詠われた吉野の桜は、以後、現在に至るまで数限りない文学に登場する。
歴史の古さや本数の多さばかりでなく、標高を異にして大群落を形成する吉野の桜は、
花期が長く、山や谷を桜色に染め上げる景観は、他にその比類をみないところである。

