西渡 貴船神社・浜松市天竜区佐久間町大井西渡
浜松市天竜区佐久間町大井西渡に鎮座する「貴船神社」です。
通常祭神は「淤加美神」ですが「水波能売命(みずはのめのみこと)」を祀る。
共に、秋葉神社の祭神でもある火之迦具土を伊弉諾が斬り殺した際に生まれた水神です。
当社境内の目の前を「秋葉街道(塩の道)」が通っています。
江戸時代になると天竜川の水運ルートが確立され、西渡は主要な港となりました。
西渡には上りは掛塚、下りは飯田から舟が往来したといいます。
しかし水窪川より先は舟で渡れないため、西渡から一旦荷揚げをし、
陸路で水窪方面まで運搬するこちらの右岸ルートが利用されるようになりました。
西渡で陸上げされた塩や他の物質は、
「浜背負い」と呼ばれる女達によって八丁坂を明光寺峠の荷継所まで担ぎ上げられました。
港町であった西渡の人々の信仰篤い神社です。
塩の道 八丁坂
塩の道は秋葉からの急峻な山道を人足や牛馬、荷車等で輸送していましたが、
江戸時代初期には天竜川の水運が開かれ、陸路と水路による運搬が盛んになりました。
しかし、水窪川との合流点から上流は川幅も狭く急流となり船での運航は困難なため、
西渡の船着場から明光寺峠の荷継所までは荷揚げをしていました。
西渡で陸上げされた塩や他の物質は、
「浜背負い」と呼ばれる女達によって八丁坂を明光寺峠の荷継所まで担ぎ上げられました。
峠からは男達によって一日約50頭馬と約30台の荷車によって水窪間を往復していたそうです。
鳥居と参道
貴船神社
鎮座地 佐久間町大井二四六四番地
御祭神 水波能売命(みづはのめのみこと)
例祭日 九月第二日曜日
由緒
創立年代詳かではないが永年七年小川城主奥山兵部函定友創立西渡の産神なり。棟札に宝永元年霜月新造立当宮貴船大明神金水火報国風災応身とあり、火災風水難の神として舟人達の崇敬を集む。其の後貴船神社と称え、昭和六十一年八月昭和天皇御在位六十周年記念に拝殿修理社務所増築。平成三年十一月天皇御即位記念に末社の鞘土台の修理をなし今日に至る。
貴船神社 拝殿
御神木と磐座
境内には「梵天帝釈宮・正八幡宮・若宮社・牛頭天王社・山姥社・諏訪神社・津島社」
等が合祀されています。
南側には八幡神社の拝殿もありました。
八幡神社