箱根関所・神奈川県足柄下郡箱根町箱根




箱根関所・神奈川県足柄下郡箱根町箱根

江戸時代、東海道きっての難所である箱根には、

日本四大関所の一つ箱根関所が置かれていました。

近年、江戸時代末期に行われた解体修理の詳細な報告書

『相州御関所御修復出来形帳』の発見・解読されたおかげで、

当時の関所の建物などの様子が明らかになりました。

そこで、1999年から3年間をかけて発掘調査の結果、

当時の建築技術まで踏まえて復原を行い、2007年に完成・公開されました。

箱根関所

(国指定史跡 箱根宿跡)

箱根関所が、江戸幕府によって、山と湖に挟まれた交通の要衝であるこの地に設置されたのは、元和5年(1619)のことと伝えられている。関根関所は、江戸幕府の江戸防衛のために、全国に設置した53ヶ所の関所のうち、東海道の新居(静岡県)、中山道の碓氷(群馬県)、木曽福島(長野県)と並んで規模も大きく、特に重要な関所と考えられていたようである。
この関所の配置は、箱根山中の東海道の中で、屏風山と芦ノ湖に挟まれた要害の地形を利用して、山の中腹から湖の中まで柵で厳重に区画し、江戸口・京口両御門を構え、大番所と足軽番所が向き合うものとなっている。
一般的に関所では、「入り鉄砲に出女」を取り調べたと言われているが、この箱根関所では、江戸方面からの「出女」に対する厳しい取り調べを行っていた。
江戸時代を通じて機能を果たしてきた関所だが、設置から250年後の明治2年(1869)、新政府により関所制度が廃止され、その役割を終えた。
箱根関所の跡地は、大正11年(1922)、「箱根関跡」として国の史跡に指定された。昭和40年(1965)には番所の建物が建設され、その後、昭和58年(1983)、江川文庫(静岡県伊豆の国市)から、慶応元年(1865)に完成した箱根関所の大規模修理についての克明な資料『早州箱根御関所御修復出来形帳』が発見され、資料の解析や跡地の発掘調査を経て、平成19年(2007)春、国土交通省、文化庁、神奈川県の補助を受けた復元整備を終え、箱根の関所は往時の姿によみがえった。

京口御門

一般的に、関所では「入り鉄砲に出女」を特に取り締まったといわれるが、この箱根関所では江戸方面からの出女を特に厳しく取り締まっていたとされる。「入り鉄砲」とは文字通り、江戸に鉄砲をはじめとする武器を持ち込むことで、「出女」とは江戸から出ようとする女性、特に大名の奥方や子女のことだ。江戸幕府は、各地の藩を治め、謀反などを未然に防ぐために、大名の奥方や子女を江戸に住まわせ、それを監視しており、いわば人質を軟禁するような形となっていた。それらの「人質」が江戸から逃げることは、すなわち謀反のおそれがある、ということで、それを防ぐために、「出女」を厳しく取り締まっていたというわけだ。

箱根関所には、弓5・鉄砲10・長柄槍10・大身槍5・「突棒・刺股・袖搦各1」の三つ道具1組・寄棒10が、常備されていた。とはいえ、これは見せかけで旅人に心理的な脅しをするためのものでほとんど使われることもなく、例えば鉄砲には火薬が入っておらず、弓があっても矢がほとんど無かった、等が判明している。

番所には、等身大の人形が飾られており、往時の雰囲気を想像することができる。箱根関所は、相模国足柄下郡及び箱根山を挟んで接する駿河国駿東郡を領地とする小田原藩が管理運営を任されており、関所に詰める役人は、関所役人と呼ばれ、一ヶ月交代で務めていた。関所役人が小田原から箱根関所に赴任する際には、様々なものを持参している。例えば、関所役人の責任者である伴頭が持参した物として、黒紋付上着・野袴・裃・小袖・股引・足袋等の衣類や米・鰹節等の食料品、筆・硯・半紙等の筆記用具類、酒・茶・煙草等の嗜好品、茶碗・皿・鉢・蝋燭・雪駄・草履・針や糸などの日常生活用具等のほか、前任者との引継ぎ時の酒宴用の肴などが入ったお重等も持参している。

関所には、伴頭以下5人の関所役人のほか、関所の近くに居住し、代々関所の様々な実務を行った「定番人」や、出女を調べるための女性の役人「人見女」、関所の掃除や柵の補修・点検などの雑務を担当した「足軽」など常時20数名が務めていた。

江戸口御門

屏風山と芦ノ湖に挟まれたこの地は自然の要害として、箱根山中を通る東海道の中でも通行人を監視、取り締まるのに適した場所であった。山の中腹から湖の中まで柵を設け、関所裏の屏風山には「遠見番所」、芦ノ湖南岸には「外屋番所」が設置され、関所の両側に江戸口、京口両御門を構え、大番所と足軽番所が向き合う形で、通行人を監視していた。

関所と街道周辺の山林は、要害山・御用林に指定され、関所を通らずに山中を通過して「関所破り」「関所抜け」を行おうとたくらむものは厳罰に処せられたという。

箱根関所は、1869年(明治2年)に明治政府が全国の関所を廃止した際に機能を停止し、その役割を終えている。1922年(大正11年)には「箱根関跡」として国の史跡に指定され、1965年(昭和40年)には番所の建物が復元、その後、1983年(昭和58年)に発見された、慶応元年(1865年)に完成した大規模修理についての克明な資料をもとに、2007年(平成19年)に大番所、上番休息所、京口御門、厩(うまや)が復元整備を終え「箱根関所」として一般公開された。現在、大涌谷や箱根神社と並ぶ、箱根の人気観光スポットの一つだ。

箱根関所(はこねせきしょ)

場所 神奈川県足柄下郡箱根町箱根1交通

「公共交通機関」

箱根登山鉄道 箱根湯本駅から箱根登山バス・伊豆箱根バス箱根町行きで約40分、箱根関所跡下車徒歩すぐ。

「車」

小田原厚木道路、小田原西ICより車で40分。東名御殿場ICより車で50分。国道1号三島より車で40分。

駐車場  あり

期間 通年

時間  9:00~16:30(閉館17:00。時期により変動あり)

休み 無休

料金

大人 500円(フリーパス、町立施設割引券 400円)小人 250円(フリーパス、町立施設割引券 150円)※土・日・祝日は一般の小・中 無料 ※団体料金65歳以上割引有

問い合わせ 0460-83-6635

HP 箱根関所公式サイト

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