槻神社(つきじんじゃ)・愛知県北設楽郡東栄町大字月




槻神社(つきじんじゃ)・愛知県北設楽郡東栄町大字月

奥三河郷社 槻神社H.P

愛知県北設楽郡東栄町大字月にある槻神社(つきじんじゃ)へ


拝殿


本殿

槻神社

御祭神
瀬織津姫命(従五位上、元槻神社・郷社)
伊邪那岐命(元熊野神社・村社)
建御名方命(元宝大明神・村社)

鎮座地
〒449-0212
愛知県北設楽郡東栄町月寺甫7

由緒記
当槻神社は神階延喜式内国内神名帳に
従五位上槻村天神の名称をもって記載されています。
当初大字月字引田十一番地に鎮座し、
祭神は瀬織津姫命を祀るも奉祠年月日は明らかではありません。
慶安三年庚年九月之を再建、更に享保十九年甲年三月再度社殿の建替えをする。
古来月部落の産土神であると共に且また東栄町内東部々落一円の崇敬社として
かなり隆盛を極めた時あるも、その後、時代の変遷と共に
月部落の産土神としての特色を持ち氏子よりひたすら崇敬されていた。
明治五年郷社に列しその后、明治四十二年四月七日村社熊野神社の所在地である
現在地に移転され村社熊野神社と合祀して、社名を槻神社と称しその后、
大正四年十一月大正天皇御大礼の砌、記念事業として本殿並に拝殿を改め改築、
その後更に再々の改築、改修を経て現在に及ぶ。


社務所


祖霊社


ご神木


宝明社・千代姫神(大村神社)

千代姫神社

千代姫物語
木曽義仲の家臣・手塚太郎光盛の孫にあたる千代姫様は村人からは、
大村千代・大村様と呼ばれていました。
眼の病にかかり盲目となられました千代姫様はある日、
眼病の治癒を願い御殿の山に杖を頼りに向かわれる途中、
不幸にも迷い込んでしまいそのままお亡くなりになりました。
その時に千代姫様が手にしていた竹杖が逆さに立っており、
そのまま根が生え「逆さ竹」が生えてきたと伝えられています。
現在でも「千代姫伝説」として語られ続け、
全国より眼病治癒を祈願する方が参拝に来られるようになりました。
槻神社H.Pより

境内から御殿山への登山道があり、

山頂には千代姫を祀る御殿神社(千代姫神社)があります。

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