身延山 久遠寺 本地堂(ほんじどう)・カピタン(甲比丹)ゼイムスの墓




身延山 久遠寺 本地堂(ほんじどう)・カピタン(甲比丹)ゼイムスの墓

身延山久遠寺H.P
http://www.kuonji.jp

本堂裏手からロープウェイ乗り場を超えると

「是より奥の院道」の標石があり、

ここから急な坂道を歩いていくと上の山地域へ至ります。

この辺りは江戸時代の身延山がそのまま残っている場と云われ、

江戸時代に活躍した僧侶や信徒の墓域があり特別な雰囲気が漂います。

登り始めてすぐ大きく道が折れた先に

本地堂(ほんじどう)が見えてくる。


本地堂

2間四方。

日蓮聖人に説かれる本地上行菩薩が本尊。

宝永7年(1710)33世日享上人代に創建。

文政7年(1824)に焼失し、嘉永5年(1852)66世日薪上人代に再建。

扁額「般若台」は33世日享上人の筆によるもの。


カピタン(甲比丹)ゼイムスの墓

イギリス人で日蓮宗の信者。

生前身延山に三度登詣で、「遺骨は身延山に」という

遺言からここに墓所が建立されました。

甲比丹、カピタン=キャプテンとは英語で船長のこと。

墓碑銘

正面
日本帝国勲二等英国人甲比丹ゼイムスの墓

左側面
英国人ゼイムス氏来日日本在慶応二年七月年二十八王政維新後
為海軍御雇教師又通信省顧問
明治四十一年一月八日疫病年七十一及其病革皇室為御慰問洋酒二函
享後又賜祭資金千円 友人従三位男爵 関 義臣記

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