安倍城址(435m) 舟山(43m) 三方峰(170m)他・静岡周辺低山巡り




安倍城址(435m) 舟山(43m) 三方峰(170m)他・静岡周辺低山巡り

静岡市周辺の低山を巡って来ました。

先ずは、安倍川左岸にある超低山「諸岡山」を登り、

その後は洞慶院より、「安倍城址〜常住山〜千代山」と歩き、

安倍川と藁科川の合流点にある「船山」、

藁科川右岸の藪山「三方峰」を登り周回しました。

おまけで焼津 高草山の中腹にある「石谷山」にも登ってきました。

諸岡山(もろおかやま) 

標高 1370m 登山日 2025年2月28日
三等三角点(小河内村(五)) 酒瓶神社 元鎮座地
所在地  静岡県清水区但沼町

杉ノ沢山(すぎのさわやま) 

標高 410m 登山日 2025年2月28日
安部城址手前のピーク
所在地  静岡県静岡市葵区羽鳥

安部城址(あべじょうし) 

標高 435.17m 登山日 2025年2月28日
三等三角点(羽鳥村(-))
所在地  静岡県静岡市葵区羽鳥

常住山(じょうじゅうさん) 

標高 263.84m 登山日 2025年2月28日
四等三角点(美ノ輪)
所在地  静岡県静岡市葵区

千代山(ちよやま) 

標高 228m 登山日 2025年2月28日
千代みどりの森
所在地  静岡県静岡市葵区千代

舟山(ふなやま) 

標高 43.54m 登山日 2025年2月28日
安部川中州の山 元船山神社境内跡
所在地  静岡県静岡市葵区・駿河区向敷地

三方峰(さんぽうみね) 

標高 170.03m 登山日 2025年2月28日
四等三角点(牧ヶ谷)
所在地  静岡県静岡市葵区産女

石合山(いしばやいさん)  方ノ上城跡

標高 230m 登山日 2025年2月28日
方ノ上城跡(かたのかみじょうあと)高草山中腹の城址
所在地  静岡県焼津市策牛

難易度 ★     オススメ ★★ 登山口(ナビ検索) 洞慶院駐車場
洞慶院駐車場(8:28)→杉ノ沢山(8:59)→安倍城址(9:07)→杉ノ沢山(9:18)→慈悲尾峠(9:39)→常住山(9:47)→千代山(9:54)→山崎スポーツ広場駐車場(10:36)→舟山(10:40)→山崎スポーツ広場駐車場(11:10)→洞慶院駐車場(12:49) 所要時間 4時間16分 累積標高 802m / 801m 距離 16.4km
■安倍城(あべじょう)は、静岡県静岡市葵区内牧・羽鳥にあった日本の城。市内西部を流れる安倍川の右岸にそびえる標高435メートルの山の頂にある。築城年代は不明だが、駿河狩野氏一門で建武政権期に武者所に勤めていた狩野貞永(貞長)の築城と伝わることから、14世紀前半と考えられる。山頂を本城として、周囲の尾根筋にも久住砦などの支城を多く配置し、狩野氏の一城砦群を形成している。狩野氏は、建武政権崩壊後の南北朝期には南朝方につき、北朝方の今川氏と安倍川を挟んで熾烈な攻防を繰り広げた。1392年の南北朝統一後は今川に恭順していたが、1433年(永享5年)の今川範政の死によって勃発した今川家中の内紛に乗じて離反するものの、逆に今川方に攻められて衰退。以降安倍城は文献に現れないことから、廃城もこの頃(15世紀前半)と見られている。

城跡は、幅35メートルほどの最上部の尾根を本曲輪として、その周囲に稜線に沿うように階段状の小曲輪を配置しており、一部の曲輪間には、堀切を設けている。これらの遺構の多くは南北朝期よりも後の時代の改修によって造られたものと考えられている。

城跡を含む当山は、現在登山コースとなっており、東南麓の慈悲尾(しいのお)増善寺と、西南麓の羽鳥(はとり)洞慶院から登攀して曲輪や堀切などを見ることが出来るが、急峻な箇所も多い。

登山口より竜爪山

安倍城跡に行く前に安倍川左岸の「諸岡山」に立ち寄りました。

「オクシズの駅 下みちの休憩所」に駐車、賎機中学校の横を通り登山口へ

諸岡山(81m)山頂

お堂や庚申塔、周辺には墓地があります。

諸岡山は有功堤と呼ばれる堤防の一部だそうで、それに関する案内板と記念碑もありました。

場所を移動して梅園で有名な「洞慶院」へ

咲き始めの梅

洞慶院の梅園

曹洞宗開祖の高祖道元禅師が梅の華をご愛好なさったことに因み、当院代々の住職が梅樹を植え継ぎ、今や古木の梅樹は約400本に達しました。 三方を山に囲まれた当山は、県内でも屈指の梅園との呼び声も高く、見頃の時期には多くの花見客で賑わい、遠方からの客も少なくありません。

参道を通り川に沿って歩くと龍門橋があり、およそ400年の樹齢を有す“四本杉”と呼ばれる杉の大木が参詣者を出迎えます。

寒梅の清香と大杉の霊気溢れる境内を散策すれば、自然と清々しい心地になるでしょう。   洞慶院H.Pより

明日から「洞慶院 梅まつり」が開催されるようで、

園内では準備が進められていました。

洞慶院 本堂

洞慶院(とうけいいん)の御本尊は「千手千眼観世音菩薩」

永平寺の末寺の曹洞宗寺院で、藁科二十一ヶ所霊場の第2番札所です。

地元では「おとうけんさん」と呼ばれ梅の名所としても知られています。

洞慶院(とうけいいん)

地元では「おとうけんさん」として親しまれており、(仏教の賛美歌)とも言われる詠讃歌の「梅花流発祥之地」としても知られるお寺。

もともと馬鳴大明神の社僧寺として「喜慶院」と称する真言宗寺院だったが、室町時代の1452年にこの地に滞在していた石叟円柱(せきそうえんちゅうが)、土地を寄進した守護の福島伊賀守こと福島勝広、後の北条綱房を開基に、師である恕仲天誾(じょちゅうてんぎん)を開山として、法弟の大巌宗梅たいがんそうばいらとともに寺を再建。
この時「洞慶院」と改称し、曹洞宗寺院へと改宗された。

趣のある「四本杉」が立つ「龍門橋」の景観や、おまたぎがある「鳥瑟沙摩明王堂」、開祖を安置する「御影堂」、文殊菩薩が安置され坐禅体験も可能な「坐禅堂」、かつて禅の修行道場だった「衆寮」、黄梅藥師如来と根切り地蔵尊を安置する「願王尊」、愛染明王を安置し「塩がまさま」として親しまれている「塩渓堂」、毎朝暁鐘を響かせる「鐘楼堂」、茶室の「老楳庵」など見所が多い。

中でも「洞慶院梅園」は、東海屈指の梅の名所として知られる。

毎年7月19日・20日には、盛大に「開山忌大祭」が執り行われ、無病息災・家内安全の御祈祷や催し物が行われる他、露店も並び若竹で作られた縁起物の郷土玩具である「おかんじゃけ」も、この時に売られる。

境内より登山道へ

登山道には1番から33番まで、西国三十三観音霊場巡りの石仏

杉ノ沢山(410m)

杉ノ沢山(410m)の分岐、

いちど安倍城趾まで向かった後、ここから増善寺方面へ歩きます。

安倍城跡(435.17m) 三等三角点(羽鳥村(一))

安倍東山山稜の奥に高山~帆掛山〜梶原山

谷津山や八幡山、有東山の奥に日本平

先程の「杉ノ沢山 分岐」から下り「極楽峠(221m)」へ

三体のお地蔵様と記念碑の間から再び尾根へ。

P263.84

常住山手前に三角点、「263.84m・四等三角点(美ノ輪)」

常住山(290m)

少し登って「常住山(290m) 」山頂、展望はありません。

千代山(226m)

マスコット付きの山標

手間には巻道、ここまで「千代みどりの森」からのルートもあります。

この先は中電の巡視路を歩きます。

途中の展望地から、丸子アルプスの駿河峰〜歓昌院坂峠〜梵天山

後で向かう予定の三方峰、藁科川の中洲には木枯ノ森も見えます。

笹藪や放置された茶畑の藪ゾーンを通過しますが

刈ってくれてあり楽々通過できました。

P116.97 四等三角点(千代)

少し開けた所から安倍川と藁科川の合流点にある船山

冠水時にしか登れない山です。

稜線終わり、国道1号線 羽鳥IC(千代)へ

船山

振り返って歩いてきた稜線と安倍川流域の山々

船山(43.54m)

北側は崖、南側に登山道があります。

山頂には元船山神社境内の石碑、明治22年に船山神社は神明宮に遷されました。

四等三角点(船山)

これから向かう三方峰と奥にダイラボウ

堤防沿いを歩いて行きます。

産女観音(正信院)

産女観音の正式名は「産女山・正信院」(うぶめさんしょうしんいん)です。

永禄10年(1567年)2月15日、

奕翁傳公首座(えきおうでんこうしゅそ)を初代に開創された曹洞宗のお寺で、

安産・子授け・身体健全・蟲封じの「子安観音」として知られています。

産女集落の奥へ

山神社

山神社の横、モノラック沿いに登って行きます。

山頂手前の開けた所より、安倍城趾から歩いてきた尾根。

三方峰(170.03m) 四等三角点(牧ヶ谷)

天満神社

山頂から東へ伸びる尾根は最初は歩きやすいが、途中からザレた急登に変わります。

牧ヶ谷の天満神社に下山しました。

牧ヶ谷橋を渡り洞慶院まで戻ります。

牧ヶ谷橋

再び移動して高草山南西、「西行白山桜」より

石合山(230m) 方ノ上城趾

石合山(方ノ上城)は、高草山の中腹の南西に伸びる尾根上にあり、

円錐形の美しい姿をしています。

城と名付けられていますが、展望のきく立地から物見を目的とした砦、

あるいは、狼煙台の役割を持っていたと考えられているそうです。

狼煙台跡

経塚

山頂一帯にはさまざまな遺構が残っています。

山頂より

  • このエントリーをはてなブックマークに追加