上野国一宮 一之宮貫前神社・群馬県富岡市一ノ宮




上野国一宮 一之宮貫前神社・群馬県富岡市一ノ宮

群馬県富岡市一ノ宮に鎮座する「一之宮貫前神社(いちのみやぬきさきじんじゃ)

延喜式では式内社(名神大社)にして「上野国一宮」、旧社格は国幣中社です。

御由緒によると、創建は、安閑天皇元年(531年)、碓氷郡東横野村鶯宮に

物部姓の磯部氏が奉斎したのを始めとしています。

御祭神は、「経津主神(ふつぬしのかみ)」と「姫大神(ひめおおかみ)」を合祀します。

経津主神は、物部の氏神で武の神・建国の神であり、

姫大神は不詳ながら、一説には「綾女庄(一之宮地方の古称の神)」で、

養蚕機織の守護神と考えられています。

境内は参道から石段を上がり、総門を潜ったところから石段を下ると社殿がある、

いわゆる「下り宮」と呼ばれる特殊な配置となっています。

社殿は江戸時代に第3代将軍徳川家光・第5代綱吉により整えられ、

本殿・拝殿・楼門等が国指定重要文化財に指定されています。

また、鹿占習俗(国選択・県指定無形民俗文化財)を始めとした

多くの特殊神事を行っていることでも知られています。

車道参道大鳥居

車道参道には「両部鳥居」

(前後に合計4本の柱がある鳥居、4脚鳥居・権現鳥居などとも言います)

車道を進むと貫前神社の総門前に至ります。

正面大鳥居

正面参道石階段の上に建てられている大鳥居も「両部鳥居」です。

石段上の大鳥居からは、甘楽(かんら)の町並が見渡せます。

この大鳥居は、昭和4年(1929年)鉄筋コンクリート製のもので、

群馬縣内尋常高等小学校・中学校・男女青年団、及び、在郷軍人会献納金により建立。

また、正面参道は群馬県内の桜の名所としても知られています。

貫前神社唐銅製灯籠

貫前神社の「唐銅製灯籠」は慶応元年(1865年)製作、慶応2年にここに建てられました。

灯籠の基礎部と竿部の間に、灯籠建立の際の献納者名・住居地・献納額が

2段に刻まれています。

狛犬や龍のレリーフが素晴らしい灯篭は「富岡市指定重要文化財」に選定されています。

貫前神社唐銅製灯籠

高さ約395センチの一対の銅製灯籠で、慶応元年(1865年)製作、慶応2年にここに建てられた。灯籠の基礎部と竿部の間に、灯籠建立の際の献納者名・住居地・献納額が2段に刻まれている。献納者の人数は合計で1544名、献納額は総額4790両にのぼり、地元の多数の養蚕農家を初め、上州・江戸・横浜の生糸・絹商人らが献納している。
本県をはじめ、周辺各地における養蚕・製糸業の繁栄興隆と、これに携わる人々の祈念を明確に示す資料として重要であり、7年後に開業した官営富岡製糸場の先駆的記念碑ともいえる重要な文化財である。

貫前神社 総門

入母屋切妻造の総門は建造期不詳、昭和9年(1934年)に修復されました。

境内では一番、標高の高い場所に位置します。

上野国一之宮 一之宮貫前神社

延喜式内社 旧国幣中社

鎮座地 群馬県富岡市一ノ宮

御祭神 経津主神・姫大神

経津主神は遠く神代の昔、天祖の命をうけ武甕槌命と共に出雲国大国主命より天孫のためにその国土を奉らしめた方で、建国の功神である。
姫大神はその縁由明らかでないが、恐らく綾女庄(一ノ宮地方の古称)の養蚕機織の守護神と考えられる。

御由緒

今から1400余年前、安閑天皇元年3月15日の創建と伝えられ、爾来朝野の崇敬厚く、延喜式内社で上野国(群馬県)の一ノ宮である。 明治4年国幣中社に列し、社格廃止に伴い一之宮貫前神社と称す。

御社殿

徳川三代将軍家光の命により寛永12年造営、江戸初期の精巧華麗な建物で総漆塗極彩色、本殿、拝殿、楼門は国の重要文化財に指定されている。

境内

北斜面の森を含め約二万六千坪。社殿の他に経蔵・三重塔跡等、神仏習合時代の仏教遺跡が残存。

総門ぶ右裏には「蛙の木」がたっています。

太平洋戦争末期に蛙の形をしたサルノコシカケが現れたことで、

「勝ち蛙」として信仰されました。

現在は交通安全の「無事蛙」としてお守りにされています。

蛙の木

蛙の木

蛙の木は太平洋戦争末期の昭和十八年にこのタブの木に蛙の形をした茸(サルノコシカケ)が現れた。人々はこの茸を「勝ち蛙」と呼び、近在からの参拝者が多かった。現在は「無事かえる」と呼ばれている。

境内は正面参道からいったん石段を上がり、

総門を潜ったところから石段を下ると社殿がある、

いわゆる「下り宮」と呼ばれる配置となっています。

神社の案内によると、「貫前神社は綾女谷と呼ばれる渓間を切り開いて建造され、

しかも南向きに建っているため正面参道からは丘を上って嶺に出て、

それから石階段を中腹まで下って社頭に達する順路になる。」とあります。

また、宮崎県日南市「鵜戸神宮」・熊本県阿蘇郡高森町「草部吉見神社」と共に

「日本三大下り宮」の1つにも数えられています。

齋館

総門から楼門までの標高差は約10m、途中には齊館と月読神社が鎮座します。

旧拝殿を利用した末社「月読神社」は、明治時代までは牛王堂と呼ばれており、

月夜見命の他に、近郊の4神社も合祀して祀られています。

末社 月読神社

末社「月読神社」

月読神社の現在の社殿は、寛永十二年以前の旧御本社拝殿を牛王堂として使用し、明治維新以降、月夜見命をお祀りして月読神社と改称した。明治四年十一月、近在の氏神である社久司神社・電電神社・湯前神社・近戸神社の各社を合祀した。月夜見命他十七柱の神々をお祀りしている。

神楽殿

拝殿・本殿横の神楽殿では、元旦と3月15日に「太々神楽」が催されます。

縁由は詳かではありませんが、出雲大社の社家より、24座が伝承されたと伝わります。

東門の傍には神事に使う不明門と鳥居があります。

階段の先にある「宝物館」には、「竹虎文様鏡(室町期)」「白銅月宮鑑(唐代)」

「梅雀文様鏡(鎌倉期)」などの国指定重要文化財が展示。

他にも「伯牙弾琴鏡(奈良期)」などの鏡、神楽面など神事用具、

古代刀など武具が展示されています。

手水舎

楼門

総門から石階段をくだった場所に建つ楼門は、入母屋造り・銅板葺き。

元禄11年に大修理が加えられ、昭和4年には杮板葺きから現在の銅葺きとなりました。

昭和51年には国指定重要文化財に選定されています。

外部は華麗な透かし彫りで彩られ、内部には寛永12年(楼門の建造年)と、

元禄11年の米や麦の値段等の記録(落書)が残っており、

当時の生活の一端を知ることが出来る。

一之宮貫前神社

由緒

御創建は社伝によりますと、碓水郡東横野村鷺宮に物部姓磯部氏が奉斎し、次いで南方鏑川岸に至り、蓬ヶ丘綾女谷にお祀りしたのが安閑天皇元年(531)3月15日と伝えています。 天武天皇白鳳2年(674)3月15日に初度の奉幣があり、醍醐天皇の延喜の制には名神大社に列せられ、上野國一之宮として朝廷や民間の崇敬を衆め、明治4年國幣中社に列格されましたが、終戦にともなう社格制度の廃止により、一之宮貫前神社と称し現在に至っております。 現在の社殿は、徳川3代将軍家光公の命により寛永12年(1635)の御造営で、江戸初期の華麗な造りで、特に本殿、拝殿、楼門は国の重要文化財に指定されています。

御祭神

経津主神(ふつぬしのかみ) ・姫大神(ひめおおかみ)

経津主神は物部の氏神で、大照大神の命を受け武甕槌神と共に出雲國の大國主神より天孫のために国土を奉らしめた神で、古来より武の神、建国の祖神として信仰されています。

姫大神は御名は不詳ですがおそらく綾女庄(一之宮地方の占称)の神で養蚕機織の守護神と考えられています。

◆全同的にも珍しい登って下る参道。

◆雷神小窓 元禄11年2月の本殿修復の節に江戸桜田の絵師梶川政利が描いたもので、幾つかの伝説を生み信仰の対象となっています。

◆蛙の木 太平洋戦争末期、境内の樹木に蛙の形をした茸(サルノコシカケ)が出たのを「勝ち蛙」と呼び多くの参拝者がありました。現在は「無事蛙」と呼ばれ父通安全のお守りになつています。

◆太々神楽 縁由詳かではありませんが、往古出雲大社の社家より、24座が伝承されたと伝えられています。奉納日 元旦・3月15日

御神事

祭典は年間71度あります。

例大祭 3月15日

月次祭 毎月1日

御戸開祭 3月14日 10月12日

鹿占神事 12月8日 式

年遷宮 12年毎

仮殿遷座祭 申年の12月12日

本殿遷座祭 酉年の3月13日

◆宝物館(有料)

貫前神社では400点余の宝物を所蔵し、その一部を宝物館にて展示しています。 なかでも奈艮時代以後の鏡167面が奉納され、「白H銅月宮鑑」「梅雀文様鏡」「竹虎文様鏡」は国指定重要文化財に、その他は富岡市重要文化財に指定されています。

現在の御本殿は、入母屋造り・妻入り・檜皮葺き。

寛永12年(西暦1635年)三代将軍徳川家光公の命によって建てられました。

江戸時代初期の漆塗りで極彩色の造りで、

明治45年2月8日に旧国宝(重要文化財)となりました。

大修理が元禄11年(西暦1698年)に徳川綱吉公によって行われ、

その後は明治5年(西暦1872年)以降に屋根の葺き替えが5回、

彩色の塗り替えが4回行われ、昭和3年に解体修理がなされています。

平成の大修復は実に80年ぶりの大掛かりな修復工事でした。

拝殿も本殿と同時代の作とされています。

入母屋造り、平入、檜皮葺き、正面は唐破風二重重縁、周囲は腰高窓が廻らされています。

また本殿裏には「藤太杉」と呼ばれる樹齢1200年といわれる大杉があります。

平将門討伐のために出征した藤原秀郷が戦勝祈願として、

年齢と同じ36本の杉を奉納したうちの1本とされる。

社殿・摂社 抜鉾若御子神社 案内板

摂社 抜鉾若御子神社

本殿向かって左脇に鎮座する摂社「抜鉾若御子神社(ぬきほこわかみこじんじゃ)」

御祭神に本社祭神の御子神をお祀りします。

元は一ノ宮字若宮に鎮座していたもので、明治38年に現在地に遷座されました。

社殿は棟札によると文化12年の造営とあります。

西門

寛永12年(1635年)に建築された「西門」から入ると、

境内にはスタジイの古木、奥に日枝神社、左に二十二末社、左裏に経蔵跡が残る。

貫前神社では式年遷宮神事が12年毎に行われ、ここを仮殿敷地としています。

末社 日枝神社・伊勢 内宮 外宮

左の日枝神社は御祭神に大山祇神ほか17柱をお祀りしています。

社殿は寛永12年以前の本社の旧本殿と伝わります。

内宮(中央)は天照大神・外宮(右)は豊受大神をお祀りします。

両宮とも、天狗沢峰通り字伊勢屋敷に鎮座していたものを寛永12年に遷宮したと伝わります。

二十二末社

仮殿敷地の左奥にある「二十二末社」は、

群馬県内の主要神社の神々22柱を一堂にあつめお祀りしたものです。

左より、「竈神社・菅原神社・沓脱神社・速玉神社・粟島神社・春日神社・奇八玉神社・

諏訪神社・八幡宮・事解男神社・咲前神社・浅間神社・高龗神社・少彦名神社・長田神社・

伊邪那岐神社・八坂神社・白山比咩神社・熊野神社・水分神社・熱田神社・扣神社」

一番左奥には経蔵跡が残っています。

貫前神社のスダジイ

仮殿敷地には二本の巨木、「貫前神社のスダジイ」と「銀杏」があります。

二本共、 富岡の名木10選の1つに選定されている他、

樹齢推定1000年を誇るスダジイは富岡市指定天然記念物にも選ばれています。

群馬県指定天然記念物

貫前神社のスダジイ

令和四年三月十八日指定

このスダジイは、樹高十五メートル、胸高周囲五・五メートルを計り、樹齢は不明であるが、この大きさ、樹幹形状の複雑さからして、相当の年数は推測される。伝承によると樹齢は約千年と言われる。

当該樹木は県内に自然分布しないとされるスダジイの巨古木であり、学術上貴重で、群馬県の自然を記念するもである。上野国一之宮貫前神社境内の代表的な巨樹の一本であり、社叢を形成する重要な樹木となっている。

景観としてに樹冠は大きく、幹は大きくよじれあがり、その豪快な樹姿に感動を覚えるほどである。

現在も樹勢は旺盛で、他に類を見ない巨木であると同時に奇木でもあり、貴重な天然記念物であるということができ。 富岡市教育委員会

とみおか名木十選

認定樹木  スダジイ

認定日   平成元年七月十五日

所有者   貫前神社

富岡市観光協会はしないの豊かな自然を守り二十一世紀に引継ぐことを目的として広く公募しそのなかから厳正に審査した結果この樹木が名木十選に認定されました。この素晴らしい自然木を末長く守り育てられることを祈ります。

富岡市観光協会

貫前神社の銀杏

とみおか名木十選

認定樹木  銀杏

認定日   平成元年七月十五日

所有者   貫前神社

富岡市観光協会はしないの豊かな自然を守り二十一世紀に引継ぐことを目的として広く公募しそのなかから厳正に審査した結果この樹木が名木十選に認定されました。この素晴らしい自然木を末長く守り育てられることを祈ります。

富岡市観光協会

一之宮貫前神社 御朱印

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