佐久島 海岸一周・佐久島富士(31m) 秋葉山(31m)




佐久島 海岸一周・佐久島富士(31m) 秋葉山(31m)

残り1座となった「愛知の山 (分県登山ガイド)」を登るため

三河湾に浮かぶ離島「佐久島」に行ってきました。

山言っても、佐久島富士と呼ばれる標高31mの丘のような所です。

タイミングが合ったので、引き潮の時にしか歩くことが出来ない

海岸線沿いをぐるっと一周巡って来ました。

佐久島富士(富士山)

標高 31m 登山日 2023年4月27日
全国にある富士山の中で最も低い山
所在地  愛知県西尾市一色町佐久島

秋葉山(あきばやま)

標高 31m 登山日 2023年4月27日
秋葉山古墳
所在地  愛知県西尾市一色町佐久島

難易度 ★     オススメ ★★★★ 登山口(ナビ検索) 佐久島西港
佐久島西港(09:47)→佐久島東港(10:55)→新谷海岸(11:32)→佐久島富士(11:45)→二等三角点「佐久島」(12:40)→佐久島西港(13:17)→佐久島西港(14:37) 所要時間 4時間52分 累積標高 380m / 380m 距離 17.1km
■愛知県の知多半島と渥美半島に抱かれた、三河湾のほぼ真ん中にあります。一色港から佐久島西港まで9.4km。定期船で約20分の船旅です。人口252人(65歳以上142人)の離島です(2015年4月1日現在)。面積は173ヘクタール(東京ディズニーランドの約3.5倍)で、海岸線の長さは約11.4キロメートル。島の80%以上が里山で、豊かな自然と昔ながらの懐かしい集落の風景が見られます。信号機もコンビニもなく、ゆったりとした時間が流れるこの島には、3つの大きな魅力があります。

西尾市一色港

佐久島までは西尾市にある「一色港」から高速船で向かいます。

佐久島・一色港間は、高速船2隻(定員110名程度)で運行しています。

一色港周辺には無料駐車場が1000台完備されています、

また、1日に5本、船乗り場前までバスのアクセスもあります。

佐久島まで (往復¥1640-) のチケットを購入。

一色港からおよそ20分で佐久島西港に、その後約5分で佐久島東港に到着します。

どちらの港で降りても金額は変わりません。

渡船料金(片道運賃)

大人(中学生以上) 820円
小児(小学生) 410円

※未就学児は大人1名につき1名無料

佐久島渡船時刻表

一色港発(佐久島行き) 佐久島東港発(一色行き) 佐久島西港発(一色行き)
06:30 07:00 07:07
07:40 08:30 08:37
09:30 10:10 10:17
11:30 12:30 12:37
13:40 14:50 14:57
15:50 17:15 17:22
17:50 18:20 18:27

9:30発 乗客は20名程度、観光客と釣り人が半々と行った感じ。

乗船は基本的に先着順となります。

西港 渡船場

西港 渡船場へ、意外と早く15分程で到着

西港からは人気のアートの常設展示の「おひるねハウス

弁天サロン」と呼ばれる休憩施設、宿泊滞在型農業体験施設「佐久島 クラインガルテン

黒壁の西集落」などへのアクセスが良いため、観光客の多くは西港で降ります。

佐久島の地理

愛知県にある3つの有人島は、全て三河湾内に位置しています。その中でも佐久島は最大の島で、人口252人、面積は173ヘクタール、東京ディズニーランドの約3倍の広さを誇っています。島の80%以上が里山で、豊かな自然と昔ながらの懐かしい集落の風景が見られます。

レンタルサイクルがあり、殆どの観光客が借りていきます。

半日もあれば徒歩でも一周できてしまう程の広さですが、

見所がたくさんあるため自転車があると便利。

佐久島の由来

崇神天皇の時代(紀元前1世紀)、伊勢の斎宮の郷に作彦という臣がいました。伊勢志摩の島を見回るついでに佐久島を訪れ、その景勝を気に入りなんと移り住んだのだそう。移り住んだ佐久島で、農業を始めたことから「作農」と呼ばれるようになったと伝えられています。

文献の中に初めて「佐久島」の名前が出てくるのは、藤原京の時代(7世紀後半)です。藤原宮跡から、土地の産物を献上した際の荷札に「佐久嶋」と書かれた木簡が出土したのだとか。更に8世紀の奈良時代には、平城京跡から出土した木簡に「析嶋(さくじま)」の名が見つかっています。

黒壁の集落

佐久島の最も印象的な風景といえば、西地区の崇運寺から大葉邸界隈まで続く、

三河湾の黒真珠と称される「黒壁集落」です。

潮風から建物を守るためにコールタールで塗られていた家並みの景観を残すため

市民やボランティアが保護活動に取り組んでいるそうです。

佐久島の歴史

今から2,500万年前に海中で堆積した島です。人が住むようになったのは紀元前3,000年ごろと言われています。

石垣の地層からは、縄文土器の破片や1世紀〜3世紀にかけて作られた様々な様式の弥生式土器なども多数出土しており、その歴史の古さが伺えます。江戸時代には、海を生活の場としていた海部(あまべ)族の末裔たちにより、海運業が繁栄しました。八日講(ようかこう)祭りや西の盆踊りなどは、その頃の佐久島独自の文化を今に伝える歴史ある行事なのです。

南浦(みなみうら) 立岩(たつや)と呼ばれる付近、

この辺りの海岸線には舗装路が通っています。

篠島・築見島・日間賀島と知多半島 奥に志摩半島も見えます。

大明神と呼ばれる海岸より、対岸には大島

舗装路が終わり海岸線を歩きます。

人気のアート作品「おひるねハウス」がある「石垣(いしがけ)海岸」まで、

想像以上に大変でした。

「おひるねハウス」南川祐輝 / 2004年(2014年再制作)

アートの島とも呼ばれる佐久島には24点の常設展示作品があります。

「おひるねハウス」の黒色は、三河湾の黒真珠と言われる

西集落の黒壁がモチーフとなっています。

三河・佐久島アートプラン21

温暖な気候と豊かな海の幸に恵まれ、江戸時代には海運業で栄えた佐久島ですが、1947年(昭和22年)の1634人をピークに人口は減り続け、島の発展は長らく阻まれてきました。

アートを軸とした島おこしがスタートしたのは、1995年(平成7年)の国土庁(現在の国土交通省)の視察がきっかけです。それ以来、島民と行政とが手を取り合って島の産業、地域文化、自然環境、景観などを活用した、さまざまな活動を展開しています。また、小・中学校との連携によって、子どもたちが積極的に活動を担っていることも佐久島の大きな特徴です。

佐久島アートの常設展示は24点(2018年7月現在)あり、佐久島アート・ピクニックと題して、スタンプラリーを展開しています。

こんな所を歩いていきます

東海道(ひがしげどう)と呼ばれる海岸より

天神の浜

佐久島のちょうど中心辺りが「天神の浜」

メインストリートが通っていて、小学校や消防署・診療所などの主要施設があります。

大浦海水浴場

海に掛かる橋を渡り「大浦海水浴場」へ

釣りやバーベキュー、海水浴を楽しむ

豊かな自然溢れる佐久島は、釣りやバーベキュー、海水浴を楽しむのにもってこいです。アート作品がいくつか展示されている県内屈指の美しい海、大浦海水浴場では、春は潮干狩り、夏は海水浴を楽しむことができます。

カモメの駐車場

大浦海水浴場にある作品「カモメの駐車場」

風の島である佐久島では風にたくさんの呼び名があります。

東風は「こち」・南風を「まぜ」などと呼ばれており、

この作品は風を見るための装置なのだそうです。

大島へ続く浅橋

イーストハウス

ここも人気の作品「イーストハウス」 では写真を撮っている観光客が沢山いました。

「おひるねハウス」を制作した南川祐輝氏がこちらの作品も制作しています。

東地区にある東屋なので「イーストハウス」と名付けられました。

対岸に見える「おひるねハウス」とは対照的な白い箱で、

階段から屋上に上がることもできます。

大島の梅園は佐久島の里山づくりのシンボル。

アート作品の「佐久島のお庭」もあり、お散歩にぴったりです。

東港 渡船場

佐久島出身海の男「船頭重吉出生の地」

重吉(1785~1853)は江戸時代の船頭で、5年間にも及ぶ太平洋漂流の末に生還を果たし、長期漂流生還の世界記録といわれている。

重吉は佐久島の百姓善三郎の次男として生まれ、尾張半田村百姓庄兵衛の養子となった。29歳のときに廻船督乗丸の沖船頭として乗組員13名とともに師崎から江戸へ航行し、その帰路に伊豆子浦沖で暴風雨に会い、約17ヶ月間、太平洋を漂流した。イギリス船フォレスター号に救助され、アラスカ、カムチャッカを経て5年後に帰国を果たしたが、この間に船員は次々と亡くなり、帰還を果たしたのは重吉を含め2人であった。その後の重吉は尾張藩のお抱え水主となり、名字帯刀を許されて小栗重吉と名乗ったが、亡くなった船員たちの供養のために職を辞し、異国から持ち帰った品を公開するなどして浄財を集め、笠寺観音に供養塔を建立した(現在は熱田区の成福寺に移された)。

重吉が新城藩の池田寛親に語った漂流の顛末は『船長日記(ふなおさにっき)』としてまとめられている。

東港

漁協なんかがあり、釣り人の多くは東港で船を降ります。

民宿や食堂、大浦海水浴場や筒島・大島へのアクセスが良いです。

筒島(弁天島)

参道入り口 社標には「日本七体 辨財天」

毎年8月16日には勇壮な佐久島太鼓による弁財天祭典が行われます。

祭りに出会う

信仰の島、佐久島の一年は、毎年一月八日に「八劔神社の八日講祭り」から始まる、「鬼」の文字が書かれた八角凧に厄男が邪気払いの弓を射ると、島民は厄払いに凧の骨を奪い合う。250年の歴史を持つ伝統の祭りだ。

島の祭りの中心はいずれも「佐久島太鼓」の奉納である。男たちは見事な太鼓の打ち込みを披露する。素朴で力強い太鼓は一度聞けば忘れられない迫力がある。

お盆の八月十四日には、「崇運寺」で江戸時代から続く伝統の盆踊り「ヤートセ」がおこなわれる。八月十五日には東西の港で、茅の船に線香をともした「精霊流し」で静かに先祖を送る。

筒島弁財天社

筒島弁財天社

筒島弁財天社は蒲郡竹島の八百富神社と豊川三明寺に並ぶ三河三弁天のひとつ。室町時代前期(約600年前)の作であることが新たに判明した「弁財天坐像」。毎年八月十六日には弁財天祭典がおこなわれるが、本開帳(巳年)と合開帳(亥年)の6年に1度しか弁財天の姿を拝むことができない。弁財天祭典当日には社務所で御朱印の押印をしてもらえる他、境内にある宇賀神祠では「顔は人、体は蛇」という御神体も拝観できる。

筒島では弁天さんへの願い事を平らな石に記す「願い石の奉納」が行われている。お願いごとがかなった時には、お礼石を奉納して感謝の気持ちを捧げる。

兜岩

佐久島太鼓

佐久島太鼓は島の祭りに欠かせない。八月十六日の弁財天祭典(筒島弁財天社)、旧暦八月十五日白山十五夜祭り(白山社)、十月十七日の「秋の大祭」(八劔神社)で披露される。佐久島太鼓の「バチ」は、途中でゆるくカーブしていて、野球のバッドのようなグリップが付いている。太鼓そのものも、一般的な和太鼓よりもゆるく皮が張ってあり、遠心力によって加速したバチで打ち込まれる音色は、その重低音が聴く者の度肝を抜くだろう。佐久島太鼓の特徴は、その独特な音色だけではなく、多彩な祭囃子にも現れている。圧倒的なドライブ感を持つ「早手」は、太鼓師の男たちにとって腕の見せ所だ。また奉納太鼓の最後を飾る「さがり」は、スローテンポで溢れるような叙情をたたえ、力技を越えた調べは聴く者の胸を打つ。

宇賀神祠

渥美半島

男子岩(おんぞいわ)より望む筒島

この辺りは特に美しい海食柵・海食崖が見られます。

約2500万年前に海中で堆積し、

その後隆起と沈降を繰り返してできた地形と考えられており、

各所からその時代の化石が採取されるそうです。

素晴らしい地質の横を歩きます

断層状の岩壁やゴツゴツした岩場、暗礁などが連なり、

岩壁は高さ10mに達する所もあります。

海岸線歩きが最も佐久島の魅力を感じられる気がします。

海岸沿いは引き潮でなければ歩けないので要注意

新谷(にいや)海岸

薄むらさき色の美しい「新谷(にいや)海岸」

この変わった砂浜の色はムール貝の貝殻が混ざっているからなのだとか

今度は舗装路みたいな岩肌の上を歩きます。

丹梨海岸

丹梨(たんなし)の海岸から

分県ガイド最後の一座「佐久間富士」へ

佐久間富士(富士山) 31m

富士山だけあって浅間神社も鎮座

再び海岸線へ戻り「佐久島富士」全景

逸先(いつさき) この辺りも歩くのが大変

入ヶ浦(いりがうら)手前では倒木に苦戦

ここから一度集落を抜けて秋葉山へ寄り道

秋葉山(あきばやま) 標高31m

秋葉神社

秋葉山第一号古墳

佐久島には古墳時代後期の古墳が、かつて50基あまり確認されている。その代表が「山の神塚古墳」だ。6世紀~7世紀の横穴円墳、漁業をなりわいとした海部族の長の墓ともいわれ、石棺からは美しい碧玉・金環が出土した。他にも「秋葉山古墳」「石垣第一古墳」「外浦古墳」「平古古墳群」を見学することができる。

石垣が神秘的な雰囲気です。

佐久島には八十八ヶ所の写し霊場として各所に弘法大使の祠が建てられられています。

第一番礼所から八十八番礼所まで全て歩くには時間がかかりますが、

是非プチお遍路さん巡りを体験してみてはいかがでしょうか。

佐久島弘法巡りを楽しむ

佐久島アート・ピクニックのスタンプラリーの他に、アートな弘法巡りというスタンプラリーもあります。

1916年(大正5年)、佐久島に八十八ヶ所の写し霊場として弘法大使の祠(ほこら)が建てられ、戦前には島外から多くのお遍路さんが訪れ賑わっていたそうですが、近年の過疎と高齢化によって縮小を余儀なくされてしまったそうです。

そんな状況の中、2009年度(平成21年度)から3年に渡り建築家による祠のリノベーション、失われた弘法大使座像を2人のアーティストが制作する「佐久島弘法プロジェクト」が行われ、2012年(平成24年)春、佐久島弘法巡りが復活。八十八ヶ所のプチお遍路さん巡りを体験できるようになったのです。

星を想う場所

「星を想う場所」 再び入ヶ浦から海岸線を高千谷(たかちや)へ

ここからは自転車道に合流

与市の鼻

二等三角点(佐久島)

また少し寄り道をして佐久島唯一の三角点を踏みます。

外浦

外浦(そとうら) 西浦温泉から三ヶ根山、西尾市の茶臼山付近の展望

小浜(おばま)

佐久間お散歩案内図

島の至る所に設置されています

波ヶ崎(なんがさき)の灯台 西港へ戻り一周終了

ここまで飲食店は平日休みの所が多く何も食べれていません。

舟の時間まで2時間もあるので、

弁天サロン(案内所)で聞いたお店まで行ってみることにしました。

途中集落を抜けていきます

 居酒屋「作島 茜」

黄色いスクールバスのテイクアウトカフェ 「cafe KumaHale」

色々お店はあるがどこも休み

佐久島クラインガルデン

フラワーロード沿いに位置する2012年にオープンした

体験型農業施設佐久島クラインガルテン」には、バーベキュー施設が併設されており、

屋根付き東屋で海の幸のバーベキューを楽しむことができます。

ちなみに佐久島クラインガルテンのウェルカムスペースは、

クラインガルテンウェルカムスペース」と題されたアート作品となっています。

菖蒲が綺麗

クラインガルテン(宿泊滞在型農業体験施設) 農地付きの宿泊可能な施設が10棟あります。

cafe OLEGALE

cafe OLEGALEさん、ようやく開いているお店では名物の「大あさり丼」を頂きました。

高速船2階デッキより

西港 14:57発の高速船で一色港へ

この時間は帰りの観光客が集中するため定員に近い混み具合でした。

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