劔山本宮劔神社 宝蔵石神社・徳島県美馬市木屋平




劔山本宮劔神社 宝蔵石神社・徳島県美馬市木屋平

徳島県美馬市木屋平、剣山(標高1955m)の山頂近く、

ヒュッテ横に鎮座する「劔山本宮劔神社 宝蔵石神社

社殿の背後には「宝蔵石」と呼ばれる御神体の磐座を祀っています。

劔山は古くから山岳信仰の対象とされ、劔山の修験道は、

木屋平(こやだいら)側の社寺である「劔山本宮劔神社」と「龍光寺」、

見ノ越(みのこし)側の社寺である「劔神社」と「円福寺」、

の2か所を主体として繁栄していきました。

この山頂に最も近い場所にある「宝蔵石神社」は、剣山本宮劔神社の頂上の宮となります。

台風被害により麓の境内地所・社殿が崩壊したため、

現在、神事活動の拠点はこの「宝蔵石神社」にて行われています。

現在、定番の登山口は北麓の「見の越」です。

ここでは「剣山観光登山リフト」(4月中旬~11月末頃運行)に乗車することもでき、

その場合、リフトの終着「西島駅」からの出発となります。

最短の刀掛ノ松コース(尾根道コース)だと約40分で山頂エリアまで登ることができます。

劔山本宮劔神社 宝蔵石神社

劔山本宮劔神社 宝蔵石神社

御祭神 素盞嗚尊 安徳天皇 大山祇命

御神体 宝蔵石

由緒

剣山山頂直下にあり、元々、修験の行場でもあったとされる。また、かつては、源氏と平氏の立場が逆転し、源氏が隆盛を極めていく中、その挽回を期し、四国太郎山(石立山)の不思議の池に安徳帝の御剣を天に奉じて武運長久の御祈願を申し上げたところから、剣山と呼ばれるようになり、そこに神社を建立したことに始まるとされる。このため、神社背後には安徳天皇の剣を納めたといわれる巨石もある。 (H.Pより)

劔山本宮劔神社(劔山宝蔵石神社)

社務所滞在期間 4月下旬~11月上旬

5月・6月・7月上旬・9月
土日・祝日のみの滞在が基本です。

7月下旬~8月、10月
悪天候の日を除いて滞在しています。

天候、季節により社務所の滞在が変更になることがあります。
急な変更もございますので、各種SNSを随時ご確認いただくか、
事前にお電話でご確認ください。

御朱印は社務所が開いている日のみ頒布いたします。

参拝は通年可能です。

劔山本宮劔神社
〒770-0908 徳島県徳島市眉山町茂助ケ原

劔山宝蔵石神社
〒779-3600 徳島県美馬市木屋平 090-5141-6027

剣山の修験道は、 木屋平(こやだいら)側の社寺である「劔山本宮劔神社」と「龍光寺」、

見ノ越(みのこし)側の社寺である「劔神社」と「円福寺」の2か所を主体としていました。

このうち、劔山本宮劔神社は、前身の劔大権現宮における神道系の修験道を受け継ぎ、

今日に至っています。

剣山は元は「立石山、または石立山」と呼ばれていました。

中世に結成されたとされる忌部十八坊の一つである長福寺が、

享保二年(1717年)に「龍光寺」と改名し、「劔山本宮」を創立、

山名も修験者や民衆受けする剣山と改名し繁栄していきました。

また、「円福寺」も江戸時代末期に別当となる劔神社を創設し人々を集め、

木屋平と祖谷山からの二つのルートが開かれ剣山への登山は発展していきました。

宝蔵石

社殿の背後にある磐座は「宝蔵石」と呼ばれ、

劔山本宮劔神社 宝蔵石神社の御神体とされています

剣山本宮 奥まいり

山域にはいくつもの神社が据えられており、

白装束に身を包んだ修験者を見かけることがあります。(奥まいり)

毎年7月には山頂の剣山本宮宝蔵石神社で例大祭が催されます。

信者らが神輿を担ぎ、「六根清浄」の掛け声を出し笹原を練り歩きます。

山頂大祭

伝統の山頂大祭は、毎年7月17日以後の最初の日曜日に行います。

前日の土曜日には、宵宮の祭りがあり、本宮の個性的な神事「宝剣加持」が執り行われます。

なお、御祈祷祈願祭は、執り行っています。

土曜日:宵宮祭(18時~21時)

日曜日:山頂大祭(11時~)

神輿渡御祭

神輿渡御祭の終了後、福餅投げ

剣山山頂ヒュッテ

剣山(1955m)山頂

剣山の頂上はなだらかな草地で、少しも剣らしい所はありません。

言い伝えによれると、安徳天皇の剣を山頂に埋め、これを神体としたから

剣山と呼ばれるようになったといいます。

剣山 山頂より望む日の出

劔山本宮劔神社 宝蔵石神社 御朱印

  • このエントリーをはてなブックマークに追加