法隆寺 東大門・世界遺産 法隆寺地域の仏教建造物




法隆寺 東大門・世界遺産 法隆寺地域の仏教建造物

法隆寺 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/法隆寺

法隆寺 東大門(国宝)

創建年
607年(推古天皇15年)
建築様式
切妻造、八脚門、一戸(出入り口1つ)、三棟造り
大きさ
3間(約5.5m)
屋根の構造
本瓦葺
国宝指定年月日
1952年(昭和27年)11月22日

法隆寺東大門

法隆寺西院伽藍の東面築地に開く門で、これを抜けさらに東に進むと、
夢殿を中心とする東院伽藍に達する。
昭和九年に行われた解体修理のさい、部材から多くの番付墨書が発見され、
それでみるともともとはおそらく南面していた門で、
平安時代末ごろ現在地に移築されたことがされたことがわかった。
もとの位置は明確ではないが、旧南大門に連なる寺域の南面築地で、
現在の食堂・細殿の真南にあたる位置、
つまり当時の大衆院の表門にあたるのではないかとする説が有力である。
門の形式は、桁行を三間に分かち、棟通り中央間に扉を吊り、
前後に八本の控柱を並べる一般的な八脚門である。
しかし、細部をみると、随所に奈良時代の建築の特色を発揮していることがわかる。
その一つに、内部の垂木をそのままみせ、
しかも棟木を建物中央通りと前後の柱間中央通りとにそれぞれ一本ずつくばる、
いわゆる三棟造にしていることがあげられる。
同じく奈良時代の建立になる東大寺転害門もこの形式であるところから、
これが当時の正統的手法であったと考えられる。
そのほか、柱の上方に細まりのあること、肘木には上面の笹繰や木口の張り出しのあること、
二重虹梁蟇股式の架構がのびやかでかつ古式であることなど、
どれをとっても奈良時代の特色をよくみせており、
同じ八脚門である室町時代の南大門と比べると、
その差を明瞭にとらえることができる。

築地塀

築地塀は粘土を棒で一層ずつ何層にも突き固める
「版築」と呼ばれる工法で作られます。
法隆寺では南大門の左右に伸びる大垣と呼ばれる築地塀をはじめ、
各塔頭を囲む築地塀などが各々の神聖な区域をそれぞれに分けております。
築地塀の突き固められた各層は少しずつ風雨に侵され、
縞模様となり、歴史的景観の一部を形作っています。

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