光明山(540.3m)・道の駅「天竜相津花桃の里」より周回




光明山(540.3m)・道の駅「天竜相津花桃の里」より周回

久しぶりに近くの光明山へ

今回は国道152号線沿いの道の駅「天竜相津花桃の里」より周回して来ました。

光明山(こうみょうさん)

標高 540.3m 登山日 2020年7月16日
山頂に光明山遺跡
所在地 静岡県浜松市天竜区佐久

難易度 ★     オススメ ★★ 登山口(ナビ検索) 相津花桃の里
道の駅(08:04)→光明山(10:55)→光明山遺跡(11:22~11:25)→道の駅(12:55)→道の駅(13:11) 所要時間 5時間10分 累積標高 1110m / 1101m 距離 19.2m
■光明山遺跡は天竜区北部、気田川の東にある標高539mの山。光明寺が置かれたところで、石段や石垣などの跡が残っている。眺望も美しく、空気が住んだ晴れた日には、天竜川と海まで広がる平野部を一望することができます。
■ー

「静岡の百山」は、東部から西部、北部まで静岡県内の山が幅広く選ばれています。 叉、海岸近くの低山から南アルプスの3000mを越える山までバラエティーに富んでいます。 本自体は山名の由来、歴史など生活に密着した山の説明が中心で、登山のガイドブックではありません。 山の知識を深め、より楽しむための本です。

遠州(えんしゅう)地方とは旧令制国の遠江国(とうとおみ)一般的には、大井川から西側の範囲湖西市・浜松市・磐田市・袋井市・森町・掛川市・菊川市・御前崎一部(牧之原市・島田市・川根本町)のことを言います。 遠州灘から浜名湖、南アルプス・深南部まで、バリエーションに富んだ山々が多く魅力に満ちた山域です。

道の駅「天竜相津花桃の里」より

名の通り、道の駅・天竜相津「花桃の里」は何と言っても、花桃の花が最大の見所。

毎年、大体3月中旬ごろから4月上旬頃までが見頃

500本以上もの花桃が一気に桃色に色づき、花桃の里を染め上げます。

天竜相津マリーナ

船明ダム湖へ口を開く天竜相津マリーナは、

ボートやカヌーなどを楽しめる天竜の川遊びの拠点です。

清流沿いにはバーベキュー場も設けられ、アユのつかみ捕りも楽しめます。

浜松ワインセラー

工事途中で廃止となった

旧国鉄 佐久間線跡のトンネルを活かした天然のワインセラー

平八地蔵

ここから「天竜相津花桃の里」の花桃散策コースが整備されています。

相津集落

花桃散策コースは相津集落を通り道の駅までを周回します

三等三角点(相津)399.5m

途中、林道から尾根まで登り光明山方面へ

四等三角点(小川)358.21m

「天竜光明の森」登山道に抜ける

鏡岩「家康隠れ岩」

光明山はかつて「鏡山」と呼ばれていましたが、

この岩に由来します

光明寺  奥之院跡

昭和6年4月9日、奥之院以外を残す大火となった光明寺は

麓の山東に再建。

ここにあった奥之院も現在地に移築されました。

光明山(540.3m)山頂

二等三角点(光明山)

光明山遺跡

秋葉講が盛んだった江戸時代、

火伏せの秋葉山に対して、山頂から蛇行する天竜川が見下ろせる光明山は

治水の神として信仰されていました。

秋葉山は火難避け、光明山は水難避けの神様。

「両参り」「ついで参り」と称し両方にお参りする人が多かったそうです。

また、戦国時代には光明城がおかれ、光明寺は一時現在地に移動

武田・徳川の争奪戦の場にもなりました。

周辺には土塁跡などの遺構も残っています。

遠江国光明山絵図

江戸時代には京の清水に似ると伝わる明鏡山光明寺の大伽藍は

明治初期の大火で焼失、大正時代に再建された伽藍も昭和6年の火災で全焼し、

昭和14年に現在地に再建されました。

新・浜松の自然100選「光明山遺跡からの眺望」

小屋の中に展示資料

在りし日の光明寺本殿

林道光明線へ

西方面の展望

古道に残る石碑

国道152号へ

夢のかけ橋

「佐久間線」は天竜浜名湖鉄道の天竜二俣駅から

JR飯田線の中部天竜駅までの約35kmを結ぶ予定だった鉄道線路。

この夢のかけ橋も途中で頓挫された

佐久間線の橋脚をそのまま利用して造られました。

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