岩代国一宮 伊佐須美神社・福島県大沼郡会津美里町宮林甲




岩代国一宮 伊佐須美神社・福島県大沼郡会津美里町宮林甲

福島県大沼郡会津美里町宮林、

会津盆地南縁の宮川沿いに鎮座する「伊佐須美神社(いさすみじんじゃ)」です。

延喜式では式内社(名神大社)にして「陸奥国二宮」、旧社格は国幣中社です。

平成の時代になって、全国一の宮会が「岩代国一宮」に認定されます。

会津総鎮守であります。

伊佐須美神社は、古事記にも記されている古社であり、創建は西暦560年頃と伝わります。

「会津」という地名は、第10代崇神天皇の時に派遣された四道将軍のうちの2人、

北陸道を進んだ「大毘古命」と東海道を進んだ「建沼河別命」とが、

会津で行き会ったことに由来し、会津の地に中央の農耕技術・先進文化を伝えました。

後に、国家鎮護のために福島県・新潟県境付近の天津嶽に、

国土開拓の祖神である「伊弉諾尊」・「伊弉冉尊」を奉斎しました。

阿賀川支流の宮川左岸に2万坪の広大な境内を構え、

南側の鳥居先の駐車場脇にあやめ苑があり、

国や県の重要文化財などの貴重な宝物類を有するほか、

日本三田植のひとつで国指定重要無形民俗文化財の「御田植祭」、

6月にはあやめ祭りが開催されます。

御由緒と社格

社伝によると、凡そ二千有余年前第10代崇神天皇10年に諸国鎮撫の為に遣わされた大毘古命とその子 建沼河別命が会津にて行き逢い、天津嶽(現・新潟県境の御神楽嶽)において伊弉諾尊と伊弉冉尊の祭祀の礼典を挙げ、国家鎮護の神として奉斎した事に始まると伝えられます。

我が国最古の歴史書とされる『古事記』には「大毘古命は先の命のまにまに、高志国に罷り行きき。ここに東の方より遣はさえし建沼河別、その父大毘古と共に相津に往き遇ひき。かれ、そこを相津と謂ふ。ここを以ちて各遣はさえし国の政を和平して覆奏しき。ここに天の下太平けく、人民富み栄えき。」とあり、“会津”地名発祥の由来と創祀を共にしております。

その後、博士山、波佐間山(現・明神嶽)と会津の山々を巡り、第29代欽明天皇13年(552)に高田南原(現・境内高天原)に遷られ、同21年(560)現在の宮地に鎮座されました。以来千四百有余年、大毘古命、建沼河別命 父子も合祀し、四柱の大神を伊佐須美大神と称え奉りお祀り申し上げております。

創祀以来、古代北限の地に奉斎され悠久の歴史を培ってきた当社は、鎮護神として朝野の崇敬篤く、様々な社格や神階の奉授がなされました。

『貞観格式』において“正一位”の神階奉授の記録があり、『延喜式「神名帳」』には朝廷の名神祭に与る“名神大社”に列せられました。朝廷を含めて地方では“奥州二宮”と称えられ、開拓や東征が進むにつれ変遷があったとされる一宮に対して、古来揺るぎ無い不動の崇敬を得ておりました。寛政11年には、第119代光格天皇より大神宮号宣下を受け“伊佐須美大神宮”と号し、現在でも扁額や御神札に名残を留めております。

また、会津文化の生みの祖神でもある当社は“会津総鎮守”とも称され、会津蘆名家や会津藩祖保科正之公をはじめ御歴代藩侯には殊の外篤い信仰を寄せられ、社殿の修改築や社領、宝物等数々の寄進が多くなされました。

降って明治維新以降戦前に至るまでは、“国幣中社”として官祭に与り、戦後は神社本庁の別表神社に列せられております。現在では、当地方の古大社である“岩代国一之宮”として、全国より多くの巡拝者が参拝に訪れております。

御神徳

崇神天皇の御代、諸国鎮撫を終えて天下泰平、人民富み栄えた時と同じくして奉斎された当社は、創祀以来、第一に国家鎮護神としての御神格を有しております。

御祭神である伊弉諾尊・伊弉冉尊は、初めて夫婦の道を開かれ親子、兄弟、朋友、社会の基を為し、私たちが生活するこの大地をはじめ森羅万象の神々を生み給い、世の自然と秩序を整えられました。

また、四道将軍のうちのお二方である大毘古命・建沼河別命父子は諸国鎮撫の為、服さない者等に対して和平の言葉を向け、時に戦いながらそれぞれ北陸道と東海道をお進みになられ、諸国を平定すると共に開拓発展にも尽くされてきたことでしょう。

伊佐須美大神様は、常に世の人々を幸福に導き守護され給い、会津地域はもとより全国の崇敬者へ広大無辺なる御神徳をお授けになられます。特に夫婦円満や様々な縁結び、あらゆる殖産興業や土木建築、交通運輸に御利益があるとされ、また八方除東北総鎮護として、日常生活に関わる方除けの御神徳をも戴いております。

宝物殿

宝物殿

朱漆金銅装神輿(国重文)や木造狛犬一対(県重文)をはじめ、御歴代藩主に係る社宝や祭典器具類を展示しています。

開館時間:午前9時~午後4時

拝観料金:大人300円/18歳以下150円

団体割引:20名以上-1割引き

菅原神社

菅原神社

御祭神 菅原道真公

相殿神

伊勢神三座、八幡神、稲荷神五座、熊野神、三島神、鹿嶋神、宗像神、山神、聖神、天神、 天王、鹽竈神、幸神、石神、荒神二座、一王子、七五三王子、十二神、八乙女神、鬼渡神、叶神、軍神、権現、加武氣神

伊佐須美天神と称される当社は、学問成就・出世開運の守護神として信仰を集め、特に、三天神すべてに参拝すると一年間月参りをしたのと同じ御利益がいただけると伝えられています。

また、相殿には31座の神々がお祀りされており、和歌の別称「三十一文字(みそひともじ)」にも通じて学問成就に縁起が良いとされ、また、あらゆる願い事をお聞き届けくださると信仰されています。

道主命神社

道主命神社

御祭神  道主命(みちぬしのみこと)

祭日   月次祭(毎月1日)

交通安全の祈願所として、御神前にて交通安全祈願者の車輛清祓が行われます。

手水舎

楼門

砂山祭(すなやままつり)

5月5日(端午の節句)に行う。会津地方は古くから塩を求めることが容易でなかったため、塩に不自由しないための祈願として塩を作る神事である。一社相伝の秘事として、拝観を秘した上で行われる。祭では玉垣内東北隅に2つの砂山を築き、奥の砂山には神籬を立てて相殿神の塩釜大神・八幡大神を招き、前の砂山には八角の杭棒3本と槌を据え置く。そして神官2人が、王鼻の仮面と鶏冠をかぶるという異様な姿において神事を執行する

御田植祭(おたうえまつり)
7月12日に行う。田植えを模擬的に演じて豊作を祈願する祭(御田植祭)である。古くから「伊勢の朝田植、高田の昼田植、熱田の夕田植」と称され、その場合の「日本三大田植」の1つに挙げられる。御田植祭には新春の時期に行われる予祝型と、田植えの時期に行われる暖国型とがあり、稲作の歴史の浅い東北地方では多くが予祝型の御田植祭であるが、会津は早くから開けたためか伊佐須美神社では暖国型で行う
祭の時期は、一般農家の田植え後になる。祭ではまず本殿において神幸祭を執り行ったのち、稲作に害をなす猪を追い払うために獅子追の若者が町内を回って御田神社の泥田を掻き回す。その後神輿が本社から御田神社まで、200人ほどの行列を伴って渡御。御田神社において神輿が御正作田の前に据えられ、その前で催馬楽、次いで田植踊り・獅子舞・稚児舞が奉納される。そして翌日早朝に御正作田の早苗直しを行い、本社で早苗振祭を行なって祭は終了する。この祭は慶徳稲荷神社(喜多方市)の田植神事とともに「会津の御田植祭」として国の重要無形民俗文化財に指定されている

社務所

御拝殿

御祭神は「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」「伊奘冉尊(いざなみのみこと)」

「大毘古尊(おおひこのみこと)=(大彦命、第8代孝元天皇の皇子)」

「建沼河別命(たけぬまかわわけのみこと)=(武渟川別、大毘古命の子)」

の4柱となります。

記録によれば、過去2000年の間に6回ほど火災で焼失したと伝わります。

明治期に造営された社殿は平成20年10月3日及び29日に発生した不審火により、

本殿・幣殿・拝殿・神饌所・神楽殿・橋廊・授与所等を焼失する事態に至りました。

現在は基礎を残し、仮殿の状態のままとなっています。

再建しようとの動きはあるそうですが、なかなか資金が集まらず厳しいそうです。

現在、伊佐須美神社では、御奉賛を仰ぎ活動されておられます。

伊佐須美神社御社殿御再建奉賛会について

薄墨桜うすずみざくら

品  種:会津薄墨(アイヅウスズミ)

推定樹齢:約120年(現存木最大)

指  定:福島県緑の文化財・会津美里町天然記念物

見  頃:4月中旬以降

『新編会津風土記』に「遷宮の頃よりありし神木なり云々」とあり、第29代欽明天皇21年(560)に当社が現在地へ遷座された時より当社第一の御神木として伝わり、会津五桜の一つにも数えられています。

古来より、門外不出の一本桜として他に同じ品種が無く、学名をアイヅウスズミと命名されています。

その特徴として、一枝に八重と一重が混在し、花色は薄墨を含んだ白色から徐々に紅色に変わり、古くなった幹は自ずと腐り落ちるなどが挙げられます。

また、特筆すべきは周辺に満ちるその芳香で、古くより「香りの薄墨桜」と称され、第九代会津藩主松平容保公もその香りを「世の人の 心や深く 染(め)ぬらん うす墨桜 あかぬ色香に」と詠んでいます。

毎年4月29日には、この桜の開花を寿ぐ「花祝祭」が執り行われ、薄墨桜をはじめとする御神域の桜の花を入れて搗いた「花の餅」が参拝者へ振る舞われます。

伊佐須美神社 重要文化財

朱漆金銅装神輿(工芸品)

室町時代の作とされる神輿。大永6年(1526年)に高田館主の蘆名盛安・盛常父子によって奉献されたと伝わる。屋根は宝形造銅板張で、柱は金銅製。正面には朱漆塗で「堅二ツ引」・「左三ツ巴」の金銅の紋を打つ扉、正面以外の3方には金銅輪宝紋を打つ銅板を立て、それらの周囲に廻縁を巡らす。廻縁の高欄は金銅製で、四方に階段と金銅製鳥居を付す。この神輿は室町時代後期の特色を有し、同時代の優品とされる。現在は伊佐須美神社宝物殿に所蔵・展示されている。昭和16年7月3日指定。

木造狛犬 1対(工芸品)

南北朝時代の作と推定される1対の狛犬。高さは各97センチメートルで、巨大な木造狛犬として全国でも珍しいものである。像は寄木造で、漆で塗られている。頭小胴大で、平安時代・鎌倉時代流行のものとは形式を異にしている。現在は宝物殿に所蔵・展示されている。昭和28年10月1日指定

天海てんかい大僧正だいそうしょう御手植おてうえひのき 別名「南光檜」

品  種:ヒノキ

推定樹齢:450年(伝承)

天正6(1571)年に帰省した天海大僧正が、母親の病気回復を祈願して植えられたと伝わり、幹回りは約5mあります。

※天海大僧正・・・現在の会津美里町に生まれたとされ、徳川家康より三代に亘り側近として仕え、没後に朝廷より慈眼大師の諡名を賜る。

飛龍ひりゅうふじ 別名「瑞木の藤」

品  種:フジ

推定樹齢:300年(『緑の文化財』福島県総合緑化センターによる)

指  定:福島県天然記念物・福島県緑の文化財

見  頃:5月中旬以降

県内有数のフジの巨木として珍しく、天に舞い昇る龍の姿になぞらえられる力強さが溢れます。

西神門

白山神社

白山神社

御祭神  白山比咩神

合殿神  琴平神社・三峯神社

祭日   例祭 11月15日

護国山清龍寺境内より遷座され、夫婦円満の守護神として信仰されています。

東神門

会津大国魂神社

会津大国魂神

御祭神  会津大国魂神

祭日   例祭 5月15日

“会津の国魂”とは、会津の風土そのものであり、会津魂の根源たる伊佐須美大神のことであります。

遥か昔、大毘古命・建沼河別命父子に付き従い、伊佐須美大神を奉じて会津の山々を巡り会津の大地を開拓し繁栄に導いた祖先の御霊たちに報恩感謝の敬意を込めて“会津大国魂神”と尊称し、昭和58(1983)年にお祀りされました。 以来、土木・建築や交通安全、水利水運、農・工業の御神徳を仰ぎ、信仰されています。

御朱印

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