浄蓮の滝(日本の滝百選)・静岡県伊豆市湯ヶ島




浄蓮の滝(日本の滝百選)・静岡県伊豆市湯ヶ島

浄蓮の滝 Wikipedia

浄蓮の滝(じょうれんのたき)は伊豆市の湯ヶ島にある

伊豆最大級の名瀑で日本の滝百選にも選定されています。

「浄蓮」の名前の由来は、以前ここの近くに建てられていた

浄蓮寺の名前に由来します。

滝へ向かう遊歩道の入口には『伊豆の踊子』像

天城峠は川端康成氏の名作『伊豆の踊子』の舞台で有名です

懐徳碑

「懐徳碑」の説明

この懐徳碑は、旧上狩野村(現・伊豆市湯ヶ島)の安藤藤右衛門翁が、明治39年(1906)に、私財を投じて「浄蓮の滝」遊歩道を開き休憩所を造り、地元観光産業に貢献した事を讃えています。
以後、内外より多くのお客が訪れ、伊豆随一の名瀑として広く知られる様になりました。翁は、ノーベル賞作家川端康成が「伊豆の踊子」を執筆した湯ヶ島西平温泉旅館「湯本館」の創始者でもあります。
また、「浄蓮の滝」は、石川さゆりさんの代表曲「天城越え」の中でも歌われております。先人の数々の偉業は、昭和の名曲とともに、滝の音のように絶えることなくいつまでも語り継がれ歌い継がれていくことでしょう。
浄蓮の滝観光施設管理運営委員会

女郎蜘蛛伝説

天城の渓谷から北にながれる本谷川の水を集めて絶壁を落下する浄蓮の滝は、伊豆随一の名瀑である。その滝に伝わる伝説は、むかし、この湯ヶ島に住む与市という一人のおじいさん農夫が、滝壺のそばで畑を耕していました。どれくらい時間がたったでしょうか。おじいさんは少し休憩をしようと川のほとりの木の切り株に腰掛けました。春の暖かい陽射しにウトウトしながらふと泥で汚れた自分の足に目を向けると、一匹の美しい大きな女郎蜘蛛がせっせと足に糸を巻きつけています。「わしの汚れた足を、木の枝とまちがえているな。」おじいさんはクスリと笑った。しかし、せっかく一生懸命よりあわせた糸を切ってしまうのはかわいそうな気がしたので、蜘蛛の糸をそっと足からはづし、今座っていた切株にくるくると巻きつけ畑仕事を再会しょうと立ちあがりました。するとそのとき、地面がぐらっとゆれたかと思うと先ほどの切り株がメキメキと音をたてて引き抜かれ、そのまま深い滝壺へと引きずりこまれてしまいました。「ややっ、これは!」おじいさんがおそるおそる滝壺を見下ろすと、滝は不気味な渦と轟音をたてながらあたかも大きな口を開けた様に切株を飲み込んでいきました。おじいさんはあまりの恐ろしさに慌てて畑から逃げ出しました。「ああ恐ろしい、あれはまさしく滝の主だった。うっかりしていたらわしが飲み込まれるところだったよ。」おじいさんは命からがら村まで逃げ帰ると、村人達にこの恐ろしい出来事を話して聞かしたので、それからこの滝に近寄る村人は居ませんでした。
それから幾年も過ぎての事である。
この村によその村から一人の木こりがやって来て、浄蓮の滝の滝壺のそばで木を切っていました。ふとした拍子に木こりの手から斧が抜け、斧はあっという間に滝壺の底に消えてしまいました。「やれやれこれはしまった。」木こりは大事な斧が無くなっては仕事にならないと、着物を脱ぎ棄て、ざぶんと滝壺に飛び込みました。木こりは深い滝の底まで潜って探したが斧は見つからず、諦めて上がってくると大きな岩の影から、「もし、もし」と女の声がしました。木こりが顔を上げると、若い美しい女が木こりの斧を持って立っていました。「これはあなたの斧ですね。さあ返してあげましょう。ただしあなたが私の姿をここで見た事を誰にも話さないと約束してください。もし約束を破ったなら、その時はあなたの命をいただきます。」木こりはその言葉に大きく頷くと、女の手から斧を受け取り暫く夢でも見ていたかのようにその場にぼーとしていました。暫くして我にかえった木こりは、斧を持って滝を後にしました。それにしても不思議な事も有るものだと思い、それとなく村人達に聞いてみると、村人達は口をそろえて滝の主の恐ろしさを話して聞かせました。木こりはようやくあの時の美しい女が女郎蜘蛛の化身であったことが分かったが、約束を守って其の事だけは皆には話しませんでした。
その後、木こりはよその山へと移って行きましたが、あの滝の恐ろしい思い出だけは忘れる事は出来ませんでした。
そして有る時木こりがその村に戻って来て、仲間の木こり達と酒を飲んで居ると、いつしか炉端では昔話に花が咲き、みんなであの滝の恐ろしさが語られ始めました。木こりは一人黙ってその話を聞いていましたが、酒の酔いがまわるにつれて口が軽く成り、ついあの時の出来事を話してしまいました。「お前たちは、滝の主の女郎蜘蛛を見た事が有るかい?この俺は見た事があるぜ。そりゃきれいな女だった。」木こりの話を皆は信用しようとしなかったが、木こりはさらに続けました。「これは本当の話しよ。主との約束で俺は今まで誰にも話さなかったんだ。しかしこれですっきりしたわい。」木こりはその話くり返し喋ると胸につかえていたものが取れたかのように、満足げに炉端に横になり高いびきをあげて眠りに落ちた。
木こりはそのまま深い永遠の眠りにつき、二度と目覚める事は無かったと言う・・・・。

浄蓮の滝弁財天縁起

天城の九木制

天城の九木制

現在の国有林は維新前、徳川氏の所領に属し宝暦9年以降、代官江川太郎左衛門代々がこれを管理した。これより先、元禄11年全山を狩野、大見、仁科、河津の四国に分かち各国に一守を置き、保護監守の任を充て山守には米三石五斗を給し苗字帯刀を許しその資格を庄屋名主の上席に置いて優遇したという。
又、村内のスギ、ヒノキ、マツ、ケヤキ、クス、カシ、カヤ、モミ、ツガの九種を制木と定め、公用以外斫伐を禁じ犯す者は厳刑に処した。称して天城の九木制という。
現在天城山に全木繁茂している。

浄蓮の滝不動尊

浄蓮の滝

浄蓮の滝は天城山中第一の大滝で、高さ25m滝壺の深さ15m。浄蓮の滝付近の標高は310mほどですが、川の水は清く冷たく、真夏でも16°C程しかありません。その歴史は古く、天城山の寄生火山である鉢窪山(はちくぼやま)の噴火により流れ出した溶岩が滝をつくりました。
滝の名は左岸山中に浄蓮寺があったことに由来します。

天然記念物 ハイコモチシダ

天然記念物 ハイコモチシダ

静岡県指定天然記念物「ハイコモチシダ(別名:ジョウレンシダ)」は、国外では中国南部・台湾からヒマラヤにかけて分布するシダですが、国内では九州南部と伊豆半島に分布するのみです。このシダは、1917年に国内ではじめて浄蓮の滝で群落が発見されたため別名をジョウレンシダといいます。特徴は胞子でふえる以外に、葉の先端近くの中軸の裏側に米粒大から指頭大の褐色の鱗片に覆われた不定芽(無性芽)を1個から3個生じ、これが地面に接すると鮮紅色の新芽を生じ、新しい個体となる珍種です。文化財保護法により、採取することは禁じられています。

名瀑のひみつ

名瀑のひみつ 1万7000年前の事件を探る

伊豆半島の東側半分およびその沖の相模灘には100個程度の単成火山(一度の噴火で生じる小さな火山)の集まりである伊豆東部火山群が分布しています。この火山群のひとつ鉢窪山と丸山は約1万7000年前に噴火した美しい円錐形のスコリア丘です。そのふもとから流れ出した溶岩が本谷川(狩野川上流)に流れ込み、なだらかな溶岩台地と浄蓮の滝をつくりました。
滝をつくる崖には、溶岩が冷えて固まった時にできる美しい柱状節理(冷却時の堆積収縮による柱状の割れ目)が見られます。
周辺では、なだらかな溶岩台地や火山がもたらす豊富な湧水を利用して、わさびや米などの栽培が行われ、風光明媚な風景とあわせて大地の恵みを楽しむことができます。

『天城越え』の歌詞にも登場

浄蓮の滝前には歌碑もあります

浄蓮の滝

右側の柱状節理、左の岩に自生する

ハイコモチシダが印象的な浄蓮の滝

川沿いにはワサビ田が広がります

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